
学校で受動態を習うとき、まず出てくるのは「能動態を受動態に書き換えなさい」という問題です。
Someone stole my bicycle. を My bicycle was stolen. に直し、目的語を主語へ移し、動詞を「be動詞+過去分詞」にする。仕組みを覚えるうえでは便利ですが、それだけでは英語がなぜ受動態を必要とするのかが見えません。
受動態は、同じ事実を遠回りして述べる形ではありません。出来事のどこへカメラを向け、誰を、あるいは何を文の主役にするかを選ぶ仕組みです。
しゅみすけ(大山俊輔)
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受動態とは「主役を交代させる」文法である
出来事には、いくつかの参加者がいます。たとえば A storm damaged the roof. なら、原因となった嵐、変化を表す damaged、影響を受けた屋根があります。
- A storm damaged the roof.(嵐が屋根を損傷させた)
- The roof was damaged in the storm.(屋根は嵐で損傷した)
二つの文が指す現実はほぼ同じです。しかし、聞き手が最初に渡される足場は違います。能動態は A storm から出発し、何をしたかへ進みます。受動態は The roof から出発し、それがどうなったかへ進みます。
言語学では、動作をする側と影響を受ける側のどちらを前景化するかという問題を「ヴォイス(態)」として考えます。受動態は単なる語形変化ではなく、出来事の配役を組み替える装置なのです。

英語では文頭の主語が「これから何を話すか」を決める
英語は、原則として主語を置き、主語のあとに動詞を続ける言語です。詳しくは英語が主語と語順を重視する理由で見たとおり、文の早い段階で視点の中心を示します。
そのため「何を主語の席へ座らせるか」は、文法上の都合以上の意味を持ちます。前の文ですでに屋根について話しているなら、次も The roof から始めたほうが話題が途切れません。
We inspected the house this morning. The roof was damaged in the storm, but the windows were intact.
ここで突然 A storm damaged the roof. とすると、間違いではないものの、カメラがいったん「家」から「嵐」へ戻ります。受動態なら、すでに共有している情報を先に置き、新しい情報を後ろへ運べます。これは英語の文章をつなぐ大切な働きです。
なぜ受動態では「by+行為者」を言わないことが多いのか
受動態の型を習うと、文末に by Tom や by the committee を付ける印象が残ります。しかし、実際の英語では行為者を示さない受動態がよく使われます。
- 行為者が分からない:My bicycle was stolen.
- 行為者が明らか:He was arrested last night.
- 行為者が重要ではない:The road was repaired in 2025.
- 出来事や結果を中心にしたい:The experiment was repeated three times.
自転車が盗まれた人にとって中心的なのは、まだ見つかっていない犯人より「自分の自転車がなくなった」という変化です。道路の利用者に必要なのは、作業員の名前より「道路が直った」という状態でしょう。
つまり by 句は、受動態を完成させる必須部品ではありません。必要なときにだけ、背景へ退いた行為者をもう一度画面へ戻す追加情報です。by と with の実践的な使い分けは、be-rizeのbyとwithの違いに譲ります。
科学・報道・制度の文章で受動態が働く理由
科学の記述では、誰が操作したかより、どの手順が行われ、何が観察されたかを再現可能な形で示したい場面があります。
The samples were stored at 4°C. The experiment was repeated three times.
ここでは研究者本人を消すことが目的というより、試料と手順を共通の検討対象にするために受動態が働いています。制度の説明でも Applications must be submitted by Friday. のように、提出者より申請書と期限が中心になります。
報道でも Three houses were damaged in the fire. とすれば、最初に被害を受けたものを提示できます。見出しや冒頭文では、何を最初に読者へ渡すかがとりわけ重要です。
ただし、「科学的な文章は必ず受動態」「受動態なら客観的」というわけではありません。現在の科学英語では、手順や責任を明確にするため We analyzed the data. のような能動態も普通に使われます。客観性は文型だけで生まれるものではなく、根拠や方法の示し方によって支えられます。
受動態は責任を隠すための文法なのか
Mistakes were made. という言い方は、誰が間違えたのかを示さないため、政治家や組織が責任をぼかす表現としてしばしば批判されます。たしかに受動態には、行為者を文法的に背景へ下げられる性質があります。
しかし、受動態そのものが不誠実なのではありません。My car was stolen. と言う被害者が、犯人の責任を意図的に隠しているわけではないでしょう。問題は文型ではなく、その場で重要な行為者を、話し手が正当な理由なく伏せているかです。
逆に、能動態でも People say that… のように曖昧な主語を置けば、責任の所在はぼかせます。文法は焦点を調整する道具であり、誠実さを自動判定する装置ではありません。
しゅみすけ(大山俊輔)
be動詞+過去分詞が映すのは「影響を受けたあとの姿」
受動態の形は be + 過去分詞 です。過去分詞は、出来事に巻き込まれたものや、その結果生じた状態を見るのに向いています。
- The door was opened at nine.(9時に扉が開けられた:出来事)
- The door was open.(扉は開いていた:状態)
さらに The door is closed. のような文では、文脈によって「閉められる」という出来事より「閉まっている」という状態が強く感じられることもあります。受動態と形容詞的な過去分詞の境界がいつも機械的に割れるわけではないのは、どちらも影響を受けた側の姿を捉えるからです。
過去分詞そのものの形や現在分詞との違いを学びたい場合は、be-rizeの英語の分詞とは?現在分詞と過去分詞の違いが実践編になります。
日本語の受け身と英語の受動態は同じではない
日本語にも「〜された」という受け身がありますが、英語の受動態と一対一では対応しません。
日本語は主語を言わなくても文脈が通じやすく、「この橋は、明治時代に造られました」のように「は」で話題を提示できます。英語では通常、This bridge was built in the Meiji era. と、橋を文法上の主語にする受動態が自然に働きます。日本語が文脈と話題で行うことを、英語は主語とヴォイスで明示する場面があるのです。
一方、日本語には「私は雨に降られた」「弟にケーキを食べられた」のように、出来事から迷惑や影響を受けた人を主語にする「迷惑の受け身」があります。英語では同じ発想の受動態をそのまま作れず、I got caught in the rain. や別の表現を選びます。
したがって、和文の「れる・られる」を見つけて英語の受動態へ置換するのも、英語の受動態を必ず日本語の「〜された」に戻すのも危険です。大切なのは、文の形より先に「誰の視点から出来事を眺めるのか」を考えることです。
能動態と受動態、どちらが分かりやすいのか
文章術では「能動態のほうが短く明快」と言われます。行為者と行為が重要な場面では、その通りです。
- The committee rejected the proposal.:委員会の判断を問う文脈
- The proposal was rejected.:提案の結末を追う文脈
しかし、提案について話している途中で、無理に委員会を主語にすれば、かえって読み手の視点は揺れます。明快さは「能動か受動か」だけで決まらず、前後の話題と主語がつながっているかで決まります。
受動態の具体的な作り方、時制ごとの形、疑問文や否定文は、be-rizeの英語の受動態とは?be動詞+過去分詞の作り方・使い方で整理しています。ここで押さえたいのは、作り方の奥にある「視点の選択」です。
受動態が出来事のどこへ光を当てるかを選ぶ仕組みなら、助動詞は、その出来事を事実・可能性・義務・意志のどれとして見るかを示すレンズです。次は、英語がなぜ助動詞を使い、事実と可能世界を分けるのかを見ていきましょう。
まとめ|受動態は出来事の照明を切り替える
英語の受動態は、能動態を複雑に言い換えたものではありません。行為者を背景へ移し、影響を受けたもの、起きた変化、残された結果を主語の席へ置く仕組みです。
- 受動態は、出来事の参加者のうち誰を前景化するかを選ぶ
- 英語では主語が文の視点を早い段階で定めるため、主役の交代が重要になる
- by 句は必須ではなく、行為者が未知・明白・重要でないときは省かれる
- 科学・報道・制度では、人より手順や結果を中心にするために働く
- 責任をぼかすこともできるが、受動態自体が曖昧または不誠実なのではない
- 日本語の受け身とは、視点の作り方も使える範囲も一致しない
進行形が出来事の「途中」へカメラを入れる文法なら、受動態はそのカメラを「誰がしたか」から「何が起き、何が影響を受けたか」へ向け直す文法です。どちらも、英語が現実をそのまま写すのではなく、ひとつの見方として切り取っていることを教えてくれます。
英語の歴史・語順・時制・ヴォイスをひとつの体系としてたどるには、大親記事「英語とは?」へ戻ってみてください。
語順・主語・冠詞・数・時制・アスペクト・助動詞・疑問文・受動態などのつながりは、中間親記事「英語の基本・構造とは?」で体系的に確認できます。









