私たちは朝の「おはよう」から、仕事の相談、家族への連絡、心の中の独り言まで、一日の多くを言葉とともに過ごしています。けれど、なぜ人間はこれほど言語を使うのでしょうか。
「情報を伝えるため」という答えは間違いではありません。しかし、それだけでは説明できません。天気の話、思い出話、冗談、励まし、日記、小説には、目の前の作業に必要な情報以上のものがあります。
人は言語を使って、伝え、つながり、考え、経験を残し、他者と協力します。言語は人間が持つ便利な道具であると同時に、人間関係、文化、社会そのものをつくる場所でもあるのです。
しゅみすけ
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結論:人は言語で「見えないもの」を共有する
目の前にある物を指すだけなら、指差しや表情でもかなり伝えられます。人間の言語が特に力を発揮するのは、目に見えないもの、今ここにないものを共有するときです。
昨日の出来事、来年の計画、まだ存在しない発明、公平という考え、亡くなった人の記憶、物語の中だけにある世界。言語があれば、私たちは時間と場所を越え、他者の心の中に同じ対象を立ち上げられます。
| 共有するもの | 言語が可能にすること | 例 |
|---|---|---|
| 目の前の情報 | 対象・状態・行動を具体化する | 「赤い箱を取って」 |
| 過去と未来 | 経験を語り、計画を立てる | 「昨日こうなった」「来週始めよう」 |
| 感情と意図 | 外から見えない内面を示す | 「不安です」「手伝いたい」 |
| 抽象概念 | 形のない考えを共同で扱う | 自由、責任、信頼 |
| 想像の世界 | 存在しないものを描く | 物語、仮説、発明 |
言語は単に現実に名前を貼るだけではありません。現実のどこに注目し、何と何を関係づけるかを示し、まだない可能性について一緒に考える仕組みです。
人が言語を使う5つの理由

1.情報や依頼を伝える
最も分かりやすい役割は、相手が知らないことを知らせ、行動を求めることです。「駅は右です」「窓を開けてください」「会議は3時からです」のように、言語は人の注意と行動を調整します。
ただし、発話は単なるデータ送信ではありません。同じ依頼でも「窓を開けて」と「恐れ入りますが、窓を少し開けていただけますか」では、相手との関係や状況の捉え方まで伝わります。
2.人とつながり、関係を保つ
エレベーターで天気の話をしたり、友人に「元気?」と尋ねたりする会話は、新しい情報をほとんど運ばないことがあります。それでも無意味ではありません。「あなたを認識しています」「敵意はありません」「関係を続けたいです」という社会的な信号になっています。
挨拶、相づち、冗談、慰め、感謝は、人間関係の距離を調整します。言葉の内容だけでなく、声の調子、間、表情、誰がいつ言うかも意味の一部です。言語は文だけで完結せず、相互作用の中で働きます。
3.考えを整理し、想像する
人は他者に話すときだけでなく、自分に向かっても言葉を使います。頭の中で手順を確認する、悩みを書き出す、選択肢を比較する、まだ起きていない場面を想像する。言葉にすると、曖昧だった感覚を区切り、並べ替え、見直せます。
もっとも、思考の全てが言葉でできているわけではありません。映像、感覚、音、身体的な直感でも私たちは考えます。また、言語が思考を完全に決定するわけでもありません。それでも、言葉が注意や分類、記憶の仕方に影響する可能性は、多くの研究で検討されています。英語と日本語で自分の感じ方が変わるという経験は、英語を話すと人格が変わる?でも扱っています。
4.記憶と文化を残す
人は自分が直接経験していないことも学べます。親から聞いた話、昔の記録、料理の手順、法律、物語、科学論文を通じて、他者の経験を受け取れるからです。
文字が生まれる以前にも、歌、神話、儀礼、語りによって知識は世代を越えました。文字や録音が加わると、情報は話者の身体や寿命を越えて残ります。言語は個人の記憶を共同体の記憶へ変え、次の世代がゼロから始めなくてもよいようにします。
5.協力し、社会をつくる
一人ではできないことを実現するには、目標、役割、手順を共有しなければなりません。「あなたが材料を集め、私が組み立てる」「問題が起きたらこの手順で知らせる」と相談できるから、大人数の共同作業が可能になります。
言語は規則、約束、役職、組織、制度もつくります。「契約」「所有権」「会社」「国」といったものは物理的な物体だけではなく、多くの人が言葉による定義と物語を共有することで機能します。
| 役割 | 中心となる問い | 日常の例 |
|---|---|---|
| 伝える | 何を知ってほしいか | 説明、報告、依頼 |
| つながる | どんな関係を結びたいか | 挨拶、雑談、共感 |
| 考える | 何を整理・想像したいか | 独り言、メモ、議論 |
| 残す | 何を時間の先へ渡すか | 記録、物語、教育 |
| 協力する | 何を一緒に実現するか | 計画、約束、制度 |
言語の土台にある「共有意図」
進化心理学者マイケル・トマセロらは、人間らしいコミュニケーションの土台として「共有意図(shared intentionality)」を重視しています。これは、二人が同じ物を見るだけでなく、自分たちが同じ対象に注目し、同じ目標に向かっていると互いに理解することです。
たとえば子どもが空の飛行機を指差すとき、何かを取ってほしいとは限りません。「見て。面白いね」という経験そのものを共有したい場合があります。情報を得る直接的な利益がなくても、注意や感情を分かち合おうとするところに、人間のコミュニケーションの特徴があります。
指差しや身振りは、言葉より前からこの共同注意を支えます。言語はその基盤の上に、より細かく、目の前にないことまで共有できる記号体系として発達したという考え方です。
言語はどのように生まれたのか
人間の言語がいつ、どのように生まれたかを直接観察することはできません。そのため、単一の確定した答えがあるわけではなく、身振り、発声、共同作業、社会的結びつき、道具製作、文化的学習など、複数の仮説が研究されています。
| 主な見方 | 言語を必要とした力 | 考えられる役割 |
|---|---|---|
| 共同作業 | 複雑な行動を調整する必要 | 狩り、採集、道具製作 |
| 教えること | 技術を高い精度で伝える必要 | 手順、注意点、修正 |
| 社会的結びつき | 大きな集団で関係を保つ必要 | 評判、信頼、所属 |
| 共有意図 | 注意・目標・感情を共有する力 | 指差し、依頼、情報提供 |
| 文化的進化 | 学習しやすく伝えやすい形への変化 | 規則・語順・表現の定着 |
石器製作の伝達を再現した実験では、模倣だけより、教えること、とりわけ言語を使うことによって技術の伝達が改善しました。これは言語の起源を一つに決める証明ではありませんが、言語と教育、技術、累積的な文化が互いに発達した可能性を示します。
言語は個人の所有物ではなく、共同体の約束
「犬」をdogと呼ぶことに、犬そのものが要求する必然性はありません。英語を使う人々がdogという音と意味の対応を共有しているから通じます。語彙も文法も、一人で勝手に作った規則ではなく、過去から受け取り、周囲とのやり取りで身につける慣習です。
だから言語は変わります。人々が新しい状況に出会い、別の共同体と接触し、新しい言い方を繰り返し使えば、それが次第に共有されます。方言・訛り・言語変種が生まれるのも、言葉が実際の人間関係と地域社会の中で使われるからです。
世界へ広がった英語も一つの形に止まってはいません。各地域が目的に合わせて英語を使い、新しい表現を生み出しています。詳しくは世界英語(World Englishes)で解説しています。
| 段階 | 言葉に起きること | 身近な例 |
|---|---|---|
| 工夫 | 誰かが新しい表現を使う | 新語、略語、比喩 |
| 反復 | 周囲の人がまねて使う | 仲間内の言い回し |
| 共有 | 意味や使い方が通じるようになる | 世代・地域・職業の表現 |
| 定着 | 共同体の慣習として受け継がれる | 語彙、発音、文法 |
言語が違うと、世界の見え方も変わる?
言語は世界の見方を完全に閉じ込める檻ではありません。ある言語に単語がないから、その概念を絶対に理解できないということでもありません。人は説明、造語、比喩、他言語からの借用によって、新しい考えを表せます。
一方で、日常的に使う語や文法は、何に素早く注意するか、出来事をどう区切るか、誰を主語として示すかに影響しえます。英語の受動態が行為者を背景へ動かし、出来事や影響を前面に出す仕組みは、英語はなぜ受動態を使うのかにも表れています。
さらに言語は、現実にない世界を考える足場になります。もし別の選択をしていたら、将来こうなったら、という可能性を描けるのです。英語の仮定法が「現実からの距離」をつくる仕組みは、英語はなぜ仮定法を使うのかで詳しく扱っています。
言葉がなくてもコミュニケーションはできる?
できます。表情、視線、身振り、沈黙、距離、声の調子も意味を運びます。また、手話は身振りの寄せ集めではなく、独自の語彙と文法を持つ完全な自然言語です。言語を「声」だけに限定することはできません。
ただし言語には、記号を組み合わせて無数の新しい意味をつくれる強みがあります。「昨日、公園で見た犬」のように要素を関係づけ、さらに「もしその犬が話せたら」と存在しない世界まで描けます。非言語的な手段と対立するのではなく、両者を組み合わせることで人間のコミュニケーションは豊かになります。
英語を学ぶことは、言葉を増やすだけではない
第二言語を学ぶと、同じ内容にも別の切り取り方があると気づきます。日本語なら省略する主語を英語では示す、英語なら一語で済むことを日本語では関係性に合わせて言い分ける。こうした違いは、どちらが優れているかではなく、共同体が何を繰り返し区別してきたかを映します。
英語学習の価値は、英単語に日本語訳を一対一で貼ることだけではありません。別の人々がどのように注意を向け、関係をつくり、考えを共有しているかに触れることです。そして、自分の経験を、これまで届かなかった相手へ渡せるようになることでもあります。
しゅみすけ
よくある質問
人間だけが言語を使うのですか?
多くの動物にも複雑なコミュニケーションがあります。一方、人間の言語は、限られた要素を組み合わせて新しい文をつくり、過去・未来・抽象概念・想像世界まで共有できる点で際立っています。どこからを「言語」と呼ぶかは研究上の議論があります。
言語がなければ考えられないのですか?
いいえ。映像、感覚、空間認知、身体的技能など、言葉にならない思考もあります。ただし言語は、考えを区切り、比較し、記憶し、他者と共同で検討する強力な足場になります。
独り言にも意味がありますか?
あります。手順の確認、感情の整理、注意の維持、問題解決に独り言が役立つことがあります。他者との会話で身につけた言語を、自分の行動と思考を調整するためにも使っていると考えられます。
文法はなぜ必要なのですか?
単語だけでは、誰が何をしたのか、いつ起きたのか、事実か想像かが曖昧になります。文法は語どうしの関係を共有し、複雑な意味を効率よく組み立てるための慣習です。
AIが言葉を使うなら、人間と同じなのですか?
AIは大量の言語データからパターンを学び、文章を生成できます。しかし、人間が身体を持ち、他者と生活し、責任を引き受けながら共同の経験をつくることと同一ではありません。何を「理解」と呼ぶかも含め、今後さらに議論が必要なテーマです。
まとめ:言語は「私」と「あなた」の間にある
人は言語を使って、情報や依頼を伝え、関係と感情を共有し、考えを整理し、記憶と文化を残し、他者と協力します。言語の力は、単語を多く保存できることだけではなく、今ここにないものを共同で見られることにあります。
言語は一人の頭の中だけで完成するものではありません。誰かに伝え、応答を受け、意味を調整する中で働きます。だから英語を学ぶことも、知識を増やすだけではなく、新しい「あなた」と出会い、新しい「私」を言葉にする営みなのです。
参考文献
- Michael Tomasello, “Origins of Human Communication”
- Tomasello et al., “Understanding and sharing intentions: The origins of cultural cognition”
- Morgan et al., “Experimental evidence for the co-evolution of hominin tool-making teaching and language”
- Verga and Kotz, “How relevant is social interaction in second language learning?”
- Arnon and Kirby, “Cultural evolution creates the statistical structure of language”
言葉・思考・仕事・格差・AI・世界共通語まで、このテーマ全体は「英語と人間・社会」総合ガイドで整理しています。









