
英語を学んでいると、同じ間違いを何度も繰り返すことがあります。けれども、その誤りは単なる失敗や不注意なのでしょうか。第二言語習得研究者のLarry Selinker(ラリー・セリンカー)は、学習者が使う言葉を、母語の壊れたコピーでも、未完成の英語でもなく、それ自体に規則をもつ「中間言語(interlanguage)」として捉えました。
この見方によって、誤りは「消すべき欠陥」だけではなく、学習者の頭の中でどんな仮説が働いているかを示す資料になりました。本記事では、セリンカーの人物像、中間言語、学習者言語を形づくる5つの過程、そして誤りが定着する「化石化(fossilization)」を、英語学習への示唆とともに解説します。
この記事の要点
- 中間言語は、母語とも目標言語とも異なる、学習者独自の体系
- その体系は規則的でありながら、経験や場面によって変化する
- 誤りは、学習者が立てた仮説を読み取る手がかりになる
- 化石化は重要な概念だが、「すべての誤りが永久に直らない」という意味ではない
Contents
Larry Selinker(ラリー・セリンカー)とは?
Larry Selinker(1937–2026)は、第二言語習得研究の基礎を築いたアメリカの言語学者です。ジョージタウン大学で1966年に博士号を取得し、博士論文ではすでに言語転移を心理言語学的に研究していました。その後、ワシントン大学を経て、1977年にミシガン大学の教授およびEnglish Language Institute所長となりました。
彼の名を広く知らしめたのが、1972年の論文「Interlanguage」です。この論文は、学習者が生み出す言語を独立した研究対象として位置づける「中間言語」という考えを広め、同時に「化石化」も中心概念として提示しました。1992年には大著『Rediscovering Interlanguage』を刊行しています。
ミシガン大学の公式追悼記事によれば、セリンカーは2026年5月10日に89歳で亡くなりました。しかし、中間言語という枠組みは半世紀を経た現在も、第二言語習得を考える際の基本語彙であり続けています。
中間言語以前:学習者の誤りをどう見ていたのか
中間言語が登場する以前には、母語と学習対象の言語を比較し、その違いから難しさや誤りを予測する対照分析が大きな影響力をもっていました。母語の影響は確かに重要です。しかし、実際の学習者は、母語との違いだけでは説明できない誤りも生み出します。
たとえば英語の過去形を学んだ人が He went home. ではなく He goed home. と言う場合、日本語の語順をそのまま移したわけではありません。play–played や work–worked から「過去なら-edを付ける」という英語内部の規則を発見し、それを不規則動詞にまで広げたのです。
1967年、S. Pit Corderは学習者の誤りが教師だけでなく研究者と学習者自身にも重要だと論じました。セリンカーの中間言語論は、こうした誤り分析の流れをさらに進め、「誤りが出た一文」ではなく、背後にある学習者の言語体系へ視線を向けました。
しゅみすけ(大山俊輔)
中間言語とは何か
中間言語とは、第二言語学習者が理解したり話したりするときに用いる、母語(L1)とも目標言語(L2)とも異なる言語体系です。「母語から正しい英語へ向かう途中」という意味だけではありません。学習者は、聞いた表現、教わった規則、母語の知識、会話を切り抜ける工夫などを材料に、自分なりの仮説体系をつくります。
中間言語には、次のような性質があります。
- 体系性:誤りを含んでいても、一定の規則や傾向がある
- 動態性:新しいインプット、練習、フィードバックによって変化する
- 可変性:同じ学習者でも、課題、相手、緊張、注意の向け方によって形が変わる
- 透過性:新しい規則を取り込み、古い規則を組み替えられる
たとえば I am go to work. という発話があったとします。be動詞を必須と考えているのか、進行形の形を組み立て途中なのか、単に急いで言い間違えたのかは、一文だけでは断定できません。複数の場面でどう話すかを観察して、初めて背後の規則が見えてきます。

中間言語を形づくる5つの中心的な過程
セリンカーは、中間言語に現れる項目・規則・下位体系を生み出す中心的な過程として、次の5つを挙げました。実際の発話では、複数の過程が重なっていることもあります。
| 過程 | 意味 | 例・見方 |
|---|---|---|
| 言語転移 | 母語の知識が第二言語の使用に影響する | 日本語に冠詞がないことが英語の a / the の省略に関わる |
| 訓練の転移 | 教材や指導、練習方法の特徴が学習者言語に残る | 教室で特定の定型文ばかり練習し、別の場面でも同じ形を過用する |
| 第二言語学習のストラテジー | 複雑さを減らす、規則をまとめるなど、学ぶための工夫 | 三単現の-sをいったん使わず、語順と基本動詞を優先する |
| 第二言語コミュニケーションのストラテジー | 知識が足りないときにも意味を伝える工夫 | 知らない単語を説明、言い換え、身振りで補う |
| 目標言語資料の過剰一般化 | 学んだ規則を適用範囲外にも広げる | go–goed、child–childs のような形をつくる |
1. 言語転移は「悪い影響」だけではない
transferは日本語で「転移」と訳されます。語順、発音、冠詞などで母語が誤りを誘うこともありますが、母語と第二言語に共通する知識が学習を助ける正の転移もあります。さらに、学習者がすでに複数言語を知っていれば、影響源は第一言語だけとは限りません。
2. 過剰一般化は、規則を発見した証拠でもある
goed は標準英語では誤りです。しかし、単なるでたらめではありません。規則を抽出して生産的に使った結果です。したがって指導では、「違う」とだけ言うより、「過去形に-edという仮説は多くの場合に正しい。ただしgoはwentという不規則形を使う」と、仮説の有効範囲を調整するほうが学習者の体系に働きかけられます。
3. 言い換えは不足の証拠であり、力の証拠でもある
単語が出ないときに the thing you use to… と説明するのは、コミュニケーション・ストラテジーです。知識の穴を示す一方、すでに持っている英語を組み合わせて目的を達成する力でもあります。会話を止めずに意味を伝え、その後に自然な語を知ることで中間言語は更新されます。
化石化(fossilization)とは?
セリンカーは、学習を続けても、ある言語項目や規則が目標言語とは異なる形のまま定着したり、いったん直ったように見えて再び現れたりする現象を化石化と呼びました。とくに成人の第二言語学習では、流暢に意思疎通できても、特定の発音や文法が長期間残ることがあります。
ここで大切なのは、化石化を「怠けたから」「才能がないから」「成人はもう伸びないから」と解釈しないことです。意味が十分伝わる環境では、現在の体系を変える必要性が弱くなることがあります。また、正しい形を知っていても、疲労や緊張、会話の速さによって以前の形へ戻ることもあります。
さらに、現代の研究では、長く残る誤りを見つけただけで永久的な化石化と断定することには慎重です。「安定している」のか「本当に変化が止まった」のかを証明するには、長期間の観察が必要だからです。化石化は有力な問題設定ですが、その原因や判定方法をめぐって議論が続いています。
しゅみすけ(大山俊輔)
なぜ中間言語論は重要だったのか
中間言語論の大きな意義は、学習者を「不足したネイティブスピーカー」としてだけ見るのではなく、言語を能動的に組み立てる主体として捉えたことです。教師が正解を与えれば、そのまま頭の中へ保存されるわけではありません。学習者は入力からパターンを抽出し、仮説を立て、使い、結果を受けて修正します。
この考え方は、工房2で取り上げた他の理論ともつながります。
- Richard Schmidtの気づき仮説:自分の形と相手の形の違いに注意が向くと、体系更新の材料になる
- Michael Longの相互作用仮説:聞き返しや言い直しが、理解可能なインプットとフィードバックを生む
- Merrill Swainのアウトプット仮説:話したり書いたりすることで、自分が言えない部分や仮説の限界に気づく
また、第一言語習得と第二言語習得の違いを考える際にも、中間言語は重要です。第二言語学習者には、すでに確立した言語知識、学習方略、社会的な使用目的があり、それらすべてが新しい体系の形成に関わります。
英語学習に活かす5つの方法
1. 繰り返す誤りを「仮説」として記録する
訂正された文だけでなく、自分が何を言ったか、なぜその形を選んだかも短く記録します。たとえば冠詞を頻繁に落とすなら、単語ごとの失敗ではなく、「名詞を言うときに冠詞を選ぶ工程がまだ自動化されていない」というパターンが見えてきます。
2. 自然な用例との差を見る
自分の表現と、会話・音声・文章に現れた自然な表現を並べます。ただ眺めるだけでなく、語順、形、使われる場面の違いに印を付けると、インプットが体系修正の材料になります。
3. フィードバックを「規則の調整」に使う
先生や会話相手の言い直しは、正解を一回受け取るだけのイベントではありません。「自分の規則はどこまで使えて、どこから例外なのか」を確認する材料です。必要なら理由や別の例も尋ねましょう。
4. 同じ形を異なる文脈で使い直す
練習問題で正解できても、自由会話では以前の形へ戻ることがあります。短文、音読、質問への応答、自分の経験を話す、と文脈を変えて再使用すると、新しい形へアクセスしやすくなります。
5. 言い換えて伝えた後に一段だけ精密化する
知っている英語で乗り切ることは立派な中間言語の運用です。まず伝え、その後で「もっと自然にはどう言うか」を一つ覚える。この順番なら、コミュニケーションを保ちながら表現範囲を広げられます。
現在から見た限界と批判
中間言語は画期的でしたが、万能の説明ではありません。初期の議論には、ネイティブスピーカーの規範を唯一の到達点と見なしやすいという批判があります。実際の第二言語使用者は、仕事、旅行、地域社会、多言語環境など、それぞれ異なる目的で言語を使います。「目標言語との差」だけでは、その人のコミュニケーション能力を十分に評価できません。
また、中間言語は一人の頭の中だけで完結しません。相手、場面、所属集団、アイデンティティ、使える資源によって言葉は変わります。現在では、使用基盤、社会文化的、複雑動的システムなどの視点が、学習者言語の変動と発達をさらに細かく説明しています。
それでも、学習者の発話を規則ある体系として見る発想は揺らいでいません。中間言語は最終回答というより、学習者の言葉を尊重して観察するための強力な出発点です。
よくある質問
中間言語は「間違った英語」のことですか?
いいえ。目標言語と異なる部分を含みますが、正しい形、発達途中の形、母語の影響、会話上の工夫などが組み合わさった体系全体を指します。
中間言語は全員同じ順序で発達しますか?
共通する発達傾向はありますが、母語、経験、入力、学習環境、目的などにより個人差があります。同じ人の中でも場面によって変化します。
同じ間違いを繰り返したら化石化ですか?
直ちには言えません。一時的な安定、処理負荷による言い戻り、知識と運用の差も考えられます。永久的な停止を判断するには長期的な証拠が必要です。
化石化した形は直せませんか?
「化石化」という語は変化への抵抗を示しますが、個々の誤りが絶対に修正不能だと決めるものではありません。気づき、焦点化したフィードバック、意味ある反復、異なる文脈での使用が再編成を助けます。
まとめ:誤りは、発達中の体系から届くメッセージ
Larry Selinkerの中間言語論は、第二言語学習者の言葉を「正解までの不足」としてではなく、仮説、規則、方略が動く一つの体系として捉え直しました。言語転移、訓練の転移、学習ストラテジー、コミュニケーション・ストラテジー、過剰一般化が絡み合い、その体系は使用とフィードバックの中で変化します。
誤りを恥ずかしがる必要はありません。誤りを放置する必要もありません。「なぜこの形になったのか」を観察し、自然な表現との差に気づき、もう一度使ってみる。その循環こそ、中間言語を育てる学習です。
参考文献・関連資料
- Selinker, L. (1972). “Interlanguage.” International Review of Applied Linguistics in Language Teaching, 10, 209–232.
- Selinker, L. (1992). Rediscovering Interlanguage. Longman.
- Corder, S. P. (1967). “The Significance of Learners’ Errors.” International Review of Applied Linguistics, 5, 161–170.
- Han, Z.-H. (2013). “Forty years later: Updating the fossilization hypothesis.” Language Teaching, 46(2), 133–171.
- University of Michigan, “Larry Selinker” (In Memoriam)










