
英語を毎日聞き流していれば、いつか自然にすべての表現が身につくのでしょうか。私たちは大量の言葉に触れていますが、その全部を記憶し、使えるようになるわけではありません。
第二言語の材料として周囲に存在するInputと、学習者の内部へ取り込まれるIntakeの間に、何があるのか。この問いへ「気づき(noticing)」という観点から大きな問題提起をしたのが、アメリカの応用言語学者Richard Schmidt(リチャード・シュミット、1941–2017)です。
Schmidtの気づき仮説は、意識と無意識、注意、偶発学習、文法指導をめぐる議論へ強い影響を与えました。本記事では、本人のポルトガル語学習日記や日本人英語学習者Wesの事例から理論が生まれた背景、InputとIntakeの違い、気づきと理解の区別、支持と批判、日本語話者への意味まで解説します。
Contents
Richard Schmidtとは?
Richard W. Schmidtは、ハワイ大学マノア校のSecond Language Studiesで教授を務めた応用言語学者です。認知的要因と情意的要因が成人の第二言語習得へ与える影響を研究し、特に気づき仮説(Noticing Hypothesis)で知られています。
博士課程ではアラビア語学を専門とし、その後は第二言語教師の養成にも長く携わりました。日本、タイ、ブラジル、スペイン、エジプトなどで教師教育プロジェクトへ参加し、ハワイ大学National Foreign Language Resource Center(NFLRC)のディレクターを1994年から2012年まで務めました。2017年3月15日に亡くなっています。
| 項目 | 概要 |
|---|---|
| 人物 | Richard W. Schmidt(1941–2017) |
| 主な所属 | ハワイ大学マノア校 |
| 研究領域 | 第二言語習得、注意、意識、情意的要因、教師教育 |
| 代表的な貢献 | 気づき仮説、InputとIntakeをつなぐ意識の研究 |
| 中心的な問い | 学習者は、接した言語の何を取り込んで学ぶのか |
気づき仮説とは?
気づき仮説とは、学習者がInputに含まれる言語形式を意識上で捉える「気づき」が、その形式を第二言語知識として取り込むために重要だとする仮説です。
Schmidtが1990年に発表した代表論文では、気づきをInputからIntakeへの変換に必要な条件として強く位置づけました。ここでいう気づきは、文法規則を完全に説明できることではありません。「今、have been studyingと言った」「過去の話ではwentを使っている」と、言語の表面に現れた形を意識の中へ登録することです。
つまり、意味を理解して会話を進めるだけでは見落とす形があります。その形が学習対象として意識へ浮かび上がることが、習得の入口になると考えたのです。
しゅみすけ(大山俊輔)
InputとIntakeは何が違う?
Inputは、学習者が聞いたり読んだりして接する言語材料です。一方のIntakeは、その中から学習者が処理し、言語発達に利用できる形で取り込んだ部分を指します。

| 段階 | 意味 | 例 |
|---|---|---|
| Input | 周囲から入ってくる英語全体 | 会話、動画、授業、読書で接する多数の英文 |
| 注意 | 限られた処理資源を一部へ向ける | 話し手が繰り返した表現へ耳を向ける |
| 気づき | 特定の形が使われたことを意識する | 「ここでhave beenを使った」と捉える |
| Intake | 学習へ利用され得る形で取り込まれた部分 | 後の理解や使用へつながる表現情報 |
Inputが無意味なのではありません。豊かなInputがなければ気づく対象そのものがありません。しかし、同じInputを受けても、学習者の既存知識、関心、課題、注意、頻度によって、Intakeになる部分は異なります。
理論が生まれた二つの重要な経験
日本人英語学習者Wesの事例
Schmidtの問題意識には、Wesと呼ばれる成人日本人学習者の縦断的な事例研究がありました。Wesは英語を使って社交的に交流し、会話を成立させる能力や語用論的な力を伸ばしました。一方、英語の形態や統語の正確さには限られた発達しか見られない部分がありました。
意味を伝え、人間関係を作り、会話を続けられることと、文法形式が自動的に精密になることは同じではありません。この事例は、コミュニケーションが豊富でも、言語形式へ注意が向かなければ発達しにくい部分があるのではないか、という問いにつながりました。
本人のポルトガル語学習日記
もう一つの有名な材料が、Schmidt自身がブラジルでポルトガル語を学んだときの記録です。SchmidtとSylvia Frotaは、授業、日常会話、学習日記、定期的な録音を照合し、いつどの形式へ気づき、その後の発話に現れたかを追いました。
授業で説明された形式がすべて直ちに使えるようになったわけではなく、周囲で頻繁に聞いた表現が自動的に取り込まれたわけでもありません。自分が会話の中で実際に気づいた形と、その後に使い始めた形の間に対応が見られる事例がありました。
ただし、本人の日記を基にした事例研究だけで普遍的な因果関係を証明できるわけではありません。Schmidtの経験は理論を生む強い手がかりになりましたが、後の実験研究と論争を必要とする出発点でした。
「気づき」と「理解」は違う
Schmidtの議論を読むとき、noticing(気づき)とunderstanding(理解)を区別する必要があります。
| 概念 | 内容 | 例 |
|---|---|---|
| 気づき | 特定の音・語・語順・文法形式が現れたことを意識する | 「さっきからused toが何度も出てくる」とわかる |
| 理解 | その意味、機能、規則や関係を説明できる | 「used toは過去の習慣・状態を表す」と説明できる |
気づきは、完全な規則理解より低い水準でも起こり得ます。「何か違う」「この形が繰り返されている」と捉えるだけでも気づきです。その後、例を比較したり説明を受けたりして理解が深まります。
したがって、気づき仮説は「すべての文法用語を覚えなければ英語を習得できない」という主張ではありません。
noticing the gapとは?
noticing the gapとは、自分が現在使っている表現と、目標言語で使われる表現との差へ気づくことです。
たとえば、学習者が次のように言ったとします。
I have lived in Tokyo since three years.
その後、自然な英語として次を聞きます。
I have lived in Tokyo for three years.
このとき「自分はsinceと言ったが、相手は期間にforを使った」と差へ気づけば、単なる訂正音声が学習情報へ変わります。
この発想は、Merrill Swainのアウトプット仮説ともつながります。話そうとすることで自分の知識の穴が見え、相手の表現やフィードバックと比較することで差に気づきます。
気づき・意味交渉・アウトプットの関係
気づきは、静かに教材を眺めているときだけに生じるものではありません。会話中に通じず、相手から聞き返されたり言い直されたりすることも、注意を言語形式へ向けます。
Michael Longの相互交流仮説では、意味交渉がInput、注意、フィードバック、修正アウトプットを結びつけます。Schmidtの視点を加えると、その過程で学習者が何を意識へ登録したかが重要になります。
- 相手の英語をInputとして受け取る
- 理解できない箇所や訂正によって注意が向く
- 特定の語・音・文法形式へ気づく
- 自分の表現との差を捉える
- 言い直しや再使用を試す
ここでも、インプット、相互交流、アウトプット、気づきは競合する学習法ではなく、同じ習得過程の異なる場所を説明しています。
偶発学習は否定されるのか
気づき仮説は、「勉強しよう」という意図がない学習をすべて否定するものではありません。Schmidtは、intentional learning(意図的学習)とincidental learning(偶発学習)を、意識の有無と単純に同一視しませんでした。
映画を楽しんでいる途中で、ある表現が印象に残ることがあります。学習を主目的にしていなくても、課題や関心によって注意がその表現へ向き、意識上で捉えれば学習につながり得ます。
反対に、机に座って「勉強している」つもりでも、文字を目で追うだけで対象へ注意が向いていなければ、十分に処理されないことがあります。大事なのは学習の意図だけでなく、実際に何へ注意が向き、何が意識へ上ったかです。
Krashenの考え方とはどう違う?
Stephen Krashenは、意識的な「学習」と無意識的な「習得」を区別し、理解可能なInputを通した習得を中心に据えました。Schmidtは、成人の第二言語学習において意識と注意の役割をより積極的に検討しました。
| 観点 | Krashen | Schmidt |
|---|---|---|
| 中心 | 理解可能なInput | Inputの中で何が意識へ登録されるか |
| 意識的処理 | 習得とは別の「学習」に位置づける | 少なくとも気づき水準の意識を重要視 |
| 文法形式 | 理解を通した自然な習得を重視 | 意味理解だけで見落とされる形式へ注目 |
| 問い | どのようなInputが習得を促すか | Inputのどの部分がIntakeになるか |
Schmidtは無意識的な処理が言語理解や産出で重要な役割を果たすこと自体を否定していません。争点は、新しい第二言語形式を学ぶ最初の段階に、どの程度の意識が必要かです。KrashenについてはStephen Krashenとは?5つの仮説もご覧ください。
気づき仮説を支持する研究
後の研究では、テキスト中の特定形式を太字や色で目立たせるinput enhancement、文法説明、訂正フィードバック、タスク後の振り返りなどが、学習者の注意や学習成果へどう影響するかが調べられてきました。
多くの研究は、注意や意識上の気づきが学習を促進するという一般的な方向を支持しています。特に、成人が意味を優先すると見落としやすい、小さく冗長な文法形式へ注意を向けることには一定の意義があります。
ただし、何かへ気づいたことと、その形式を完全に習得したことは同じではありません。気づきは入口になり得ますが、頻度のある再接触、意味との結びつき、使用、記憶の固定化などが必要です。
批判と現在の見方
気づきをどう測るのか
研究参加者に「気づきましたか」と後から尋ねても、記憶が正確とは限りません。声に出して考えてもらう方法は、普段の処理そのものを変える可能性があります。気づきは内的な経験であり、客観的に測定することが難しい概念です。
無意識的学習の証拠
頻度やパターンを、明確に説明できないまま学ぶimplicit learning(暗示的学習)を示す研究もあります。すべての言語学習に意識的な気づきが絶対に必要だという強い主張には、心理学と第二言語習得の両方から異論があります。
必要条件と促進要因は違う
気づきが学習を促すという主張と、気づきがなければ一切学習できないという主張では強さが異なります。現在は、注意と気づきが多くの第二言語学習で重要な促進要因であることは広く認められる一方、あらゆる種類の学習に同じ水準の意識が必須かは議論が続いています。
気づいただけでは使えるようにならない
授業で「三単現のs」に気づいて説明できても、速い会話で自動的に使えるとは限りません。明示的な知識と自動化された使用の関係は、別のインターフェイス問題にもつながります。
したがって、気づき仮説を「注意すれば一度で覚えられる」という学習術に単純化してはいけません。
しゅみすけ(大山俊輔)
日本語話者の英語学習へどう活かす?
一度に見る点を一つへ絞る
動画を見ながら発音、語彙、文法、内容を同時にすべて観察するのは困難です。1回目は内容を楽しみ、2回目は過去形、冠詞、音の連結など一つの観点へ絞ると、注意を向けやすくなります。
自分の英語と自然な例を比べる
英語日記や録音を残し、後で自然な表現と比較します。単に正解を写すのではなく、「自分は何と言ったか」「相手は何と言ったか」「どこが違うか」を一つ見つけます。noticing the gapを具体化できます。
意味を捨てずに形も見る
文法だけを切り離して眺め続ける必要はありません。意味がわかる文章の中で、「なぜここはaではなくtheなのか」「なぜ過去形なのか」と短く形へ注意を向けます。意味と形を結びつけた方が、実際の使用場面へ戻しやすくなります。
知っている英語で話し、穴を発見する
難しい単語を知らなくても、基本語で伝えようとすると、自分に足りない部分が具体的に見えます。話す前にすべてを学び終えるのではなく、まず伝え、言えなかった箇所へ気づき、次のInputで自然な表現を見つけます。
気づきメモを小さく残す
一度の会話や動画から十個を回収しようとせず、印象に残った一つを例文ごと記録します。
- 今日気づいた形:be used to -ing
- 実際の文:I’m used to working from home.
- 自分の文:I’m used to getting up early.
小さな気づきを再使用へつなぐ方が、知識として育ちやすくなります。
よくある質問
気づき仮説とは簡単に言うと?
学習者が接する英語すべてが学習へ取り込まれるのではなく、特定の言語形式を意識上で捉える「気づき」がInputをIntakeへ変える重要な条件になるという考えです。
気づくには文法用語が必要ですか?
必須ではありません。「この言い方が繰り返されている」「自分の言い方と違う」と形の存在を捉えるだけでも気づきです。文法用語や説明は、その後の理解を助けることがあります。
聞き流しはまったく意味がないのですか?
音やリズムへの慣れ、内容理解、語彙との再接触などの価値はあります。ただし、すべての語彙や文法形式が聞くだけで自動的に学習されるとは限りません。目的に応じて一部へ注意を向ける時間を作るとよいでしょう。
気づけば必ず習得できますか?
いいえ。気づきは入口であり、定着や自動化には再接触、理解、練習、使用、フィードバックなどが関係します。
無意識に言語を学ぶことはできないのですか?
無意識的なパターン学習を示す研究はあり、どの水準の意識がどの種類の学習へ必要かは現在も議論されています。Schmidtの強い主張は大きな研究課題を生みましたが、決着済みの法則ではありません。
まとめ|SchmidtはInputと学習の間に「気づき」を置いた
Richard Schmidtは、学習者が接するInputのすべてが、そのまま第二言語知識へ変わるわけではないことへ注目しました。日本人学習者Wesの事例と、自身のポルトガル語学習日記を手がかりに、Inputの特定形式を意識上で捉える「気づき」を理論の中心へ置きました。
重要な点は次のとおりです。
- InputとIntakeは同じではない
- 気づきは完全な規則理解とは異なる
- 自分の表現と目標言語の差へ気づくことがある
- 偶発学習でも注意と気づきは起こり得る
- 気づきの必要性と無意識的学習の範囲は現在も議論されている
大量の英語へ触れることは大切です。しかし量だけでなく、「今の表現は何だったのか」「自分の英語とどこが違ったのか」と一瞬立ち止まることで、背景だったInputの一部が学習対象として姿を現します。それがSchmidtの理論が残した、第二言語習得への重要な視点です。
参考資料
- University of Hawai‘i NFLRC, Richard Schmidt
- Noticing and Second Language Acquisition: Studies in Honor of Richard Schmidt
- Schmidt, R. (1990). “The Role of Consciousness in Second Language Learning.”
- Schmidt, R. & Frota, S. (1986). “Developing basic conversational ability in a second language: A case study of an adult learner of Portuguese.”
- Schmidt, R. (1992). “Psychological mechanisms underlying second language fluency.”
- Schmidt, R. (2001). “Attention.” In Cognition and Second Language Instruction.
- Truscott, J. (1998). “Noticing in second language acquisition: A critical review.”










