
英語を話すとき、日本語の語順で考えてしまう。冠詞を忘れる。rice と lice の聞き分けに迷う。こうした現象は、母語である日本語が英語の理解や使用へ影響する言語転移(language transfer)の一例として説明されます。
しかし、言語転移は「日本語が英語を邪魔すること」だけではありません。すでに知っている意味、概念、学び方、読み書きの力が英語習得を助けることもあります。また、学習者の誤りをすべて母語の影響で説明することもできません。
本記事では、言語転移とは何か、正の転移と負の転移、日本語から英語へ起こりやすい影響、対照分析との違い、そして大人の英語学習にどう活かせるかを解説します。
この記事の要点
- 言語転移は、すでに知る言語が別の言語の理解・産出・学習へ及ぼす影響
- 助けになる正の転移と、目標言語とのずれを生む負の転移がある
- 転移は語彙や文法だけでなく、発音、意味、会話の使い方にも現れる
- 言語間の違いが、そのまま必ず誤りになるわけではない
- 母語を消すのではなく、どこで使え、どこで切り替えるかを知ることが重要
Contents
言語転移(language transfer)とは?
言語転移とは、学習者がすでに身につけた言語の知識や使用経験が、別の言語の習得、理解、産出に影響することです。近年は、影響が一方向とは限らず、複数の言語や認知に及ぶことを含めて、言語間影響(cross-linguistic influence:CLI)という広い用語もよく使われます。
Terence Odlinは『Language Transfer』(1989)で、転移を母語と学習中の言語との類似・相違から生じる影響として幅広く整理しました。Scott JarvisとAneta Pavlenkoは、産出だけでなく理解、意味、概念化、双方向の影響を含む言語間影響として研究を展開しています。
英語を学ぶ日本語母語話者の頭の中に、日本語が消えて空の場所ができるわけではありません。すでにある語彙、カテゴリー、音の区切り方、文の作り方、相手との距離の取り方を手がかりに、新しい英語体系を理解しようとします。この既存知識の利用が転移です。
正の転移と負の転移
正の転移:すでにある知識が学びを助ける
正の転移(positive transfer)は、既知の言語知識が新しい言語の学習や使用を促進する働きです。二つの言語で意味や構造、談話上の目的が似ていれば、学習者は既存の知識を再利用できます。
たとえば、日本語で「過去」「未来」「理由」「対比」といった概念を理解していれば、英語でそれらを表す形式を新しく覚えても、概念そのものをゼロから作る必要はありません。文章を要約する、相手の意図を推測する、辞書を引く、復習間隔を工夫するといった学習方略も英語学習へ移せます。
負の転移:既存の仕組みがずれを生む
負の転移(negative transfer)は、既知の言語の形式や使い方を別の言語へ適用した結果、目標言語とのずれが生じることです。従来は干渉(interference)とも呼ばれました。
ただし、「日本語と英語が違うから必ず間違える」という意味ではありません。違いに気づいて意識的に切り替えられる場合もあれば、母語に存在しない形式でも問題なく習得できる場合もあります。転移は、習熟度、注意、頻度、課題、場面、他に知る言語などと相互作用します。

しゅみすけ(大山俊輔)
日本語から英語へ起こりやすい言語転移
1. 語順:文末まで待つ日本語と、主語・動詞を早く出す英語
日本語の基本語順はSOV(主語―目的語―動詞)、英語はSVO(主語―動詞―目的語)と説明されます。
- 日本語:私は 昨日 その映画を 見ました。
- 英語:I watched the movie yesterday.
日本語の順序で単語を一つずつ英語へ置き換えると、動詞を出す位置で詰まりやすくなります。英語ではまず I watched…、She needs… のように主語と動詞を早く決めることが助けになります。
ただし、日本語は語順が完全に自由なわけでも、英語が常に単純なSVOだけでもありません。また、語順の誤りがすべて転移とは限りません。学習者は英語の疑問文や関係節など、英語内部の複雑さでも迷います。
2. 主語の省略:日本語では自然、英語では必要な場面が多い
日本語は文脈から分かる主語を頻繁に省略できます。「昨日、行きました」だけでも自然です。一方、英語の平叙文では通常、I went yesterday. のように主語を明示します。そのため、英語で Went to Shibuya. と言ってしまうことがあります。
ただし、英語でも日記、メモ、命令文、くだけた応答では主語が省略されることがあります。大切なのは「英語では絶対に省略不可」と暗記することではなく、標準的な文の骨格では主語の位置を確保することです。
3. 冠詞:日本語にないa・an・theの選択
日本語には英語の冠詞に直接対応する必須の体系がありません。そのため、I bought book. のように冠詞を落としたり、a と the の選択に迷ったりします。
これは単に「冠詞を覚えていない」問題ではありません。英語では、聞き手が対象を特定できるか、一つとして数えるか、種類全体を述べるかといった情報を名詞句の形で示します。日本語では同じ情報を文脈や「ある」「その」など別の方法で表せるため、話す瞬間に冠詞を選ぶ処理を新しく作る必要があります。
4. 単数・複数:数を毎回名詞に表示するか
日本語では「本を買った」だけで一冊か複数冊かを明示しないことがあります。英語では可算名詞について a book、two books のように数と形を連動させる場面が多いため、複数の-sが抜けやすくなります。
一方、日本語にも「一冊」「二人」など数え方を精密に表す仕組みがあります。概念がないのではなく、どの情報を文法上必ず表示するかが異なるのです。
5. 前置詞と助詞:一対一で置き換えられない
日本語の「に」「で」「へ」と英語の at / in / on / to / for は一対一では対応しません。「電車で」は by train、「駅で」は at the station、「東京で働く」は work in Tokyo です。
一つの日本語助詞へ一つの英語前置詞を固定すると負の転移が起こります。ただし、日本語で場所、方向、手段、相手といった関係を区別する経験そのものは、新しい英語表現を整理する足場になります。
6. 和製英語と類似語:知っているように見える罠
カタカナ語は英単語の意味を推測する助けになります。hotel、camera、problem などは入り口として正の転移になります。
一方で、「マンション」を mansion、「コンセント」を consent、「クレーム」を claim と直結させると意味がずれます。形が似ているために転移しやすい語は、実際の英語用例とセットで確認する必要があります。
7. 発音:LとRだけではない
日本語と英語では、音を区別するカテゴリー、音節構造、リズムが異なります。日本語母語話者にとって英語の /l/ と /r/ が同じ日本語カテゴリーへ近く知覚されることがあります。これは耳や舌の能力不足ではなく、幼少期から最適化された音の分類方法が英語へ影響する例です。
また、日本語は基本的に母音を伴う拍が多いため、strike や desk のような子音連続で母音を挿入しやすくなります。英語の強勢拍リズムを日本語に近い均等なリズムで発音することもあります。
ただし、日本語母語話者全員が同じ発音になるわけではなく、聞いた量、訓練、使用環境、個人差によって変わります。
8. 会話の使い方:丁寧さと間接性の転移
転移は文法や発音だけでなく、語用論にも現れます。依頼、断り、謝罪、褒めへの応答、相づち、沈黙の使い方には、言語共同体ごとの慣習があります。
たとえば日本語の丁寧さを保とうとして、英語でも理由や前置きを長く重ねると、意図が伝わりにくくなる場合があります。反対に、英語の直接的な定型を日本語の場面へそのまま移せば強く響くことがあります。
だからといって「日本人は遠回し、英語話者は直接的」と固定化はできません。関係性、地域、世代、職場文化、個人差が大きく、丁寧さの示し方も英語圏内で一様ではありません。転移は傾向を考える手がかりであって、人格の説明ではありません。
対照分析仮説と「違えば難しい」という予測
1950~60年代には、学習者の母語と目標言語を比較し、違いが大きい箇所ほど難しく、誤りが起こると予測する対照分析仮説が強い影響力をもちました。Robert Ladoの『Linguistics Across Cultures』(1957)はその代表です。
しかし、言語間で違っていても誤りが起こらない場合があり、逆に似ているからこそ細かな違いを見落とす場合もあります。学習者は母語だけでなく、英語の規則を過剰に一般化したり、複雑な形を避けたり、教材や会話方略から独自の形を作ったりします。
そのため現在では、母語と英語の比較だけで誤りをすべて予測する強い主張は支持されていません。一方、実際に観察された学習者言語を説明する要因として、言語間の類似と相違は今も重要です。
言語転移と中間言語の関係
Larry Selinkerの中間言語論では、言語転移は学習者独自の体系を形づくる5つの中心的過程の一つです。学習者の英語は、日本語をそのまま英語の単語へ置換したものではありません。母語の影響、英語から発見した規則、指導、学習方略、会話方略が組み合わさった動的な体系です。
たとえば He goed home. は、日本語転移ではなく、英語の規則を広げすぎた過剰一般化です。I am go. も、一文だけで母語転移と断定はできません。転移を見つけるには、同じ母語をもつ学習者に共通する傾向、別の母語群との違い、複数の課題での再現などを慎重に調べる必要があります。
転移は母語から第二言語への一方通行ではない
英語を長く使うと、英語が日本語の語彙選択、説明順序、発音、概念化へ影響することもあります。これを逆向きの転移として研究できます。また、三つ以上の言語を知る人では、第一言語だけでなく、後から学んだ言語が新しい言語へ影響することもあります。
多言語話者の言語は、完全に分離された箱ではありません。目的に応じて協働し、ときに競合し、使用経験によって関係が変わります。その意味で転移は、外国語学習の欠陥ではなく、多言語を運用する心の通常の働きです。
英語学習に活かす5つの方法
1. 誤りを「母語のせい」で終わらせない
同じ誤りが続いたら、日本語との差、英語内部の規則、処理の負荷、練習方法を分けて考えます。原因が違えば必要な練習も変わります。
2. 日本語と英語を意味ではなく「表し方」で比較する
「この日本語は英語で何と言うか」だけでなく、「英語は誰が何をしたかをどの順番で示すか」「聞き手が特定できることをどう示すか」を比較します。冠詞や語順が単語暗記から情報設計へ変わります。
3. 正の転移を意識的に使う
要約力、論理構成、相手の意図を読む力、学習習慣など、すでに日本語でできることを英語へ移します。内容まで幼児からやり直す必要はありません。
4. 違いに気づいたら短い対比を作る
自分の形と自然な英語を並べ、違いを一つだけ目立たせます。これは気づき仮説の観点からも、入力を取り込む手がかりになります。
5. 「日本語を考えない」より、英語の型を直接取り出す
日本語を無理に頭から追い出すより、I think…、The reason is…、Could you…? のような英語のまとまりを場面と結びつけます。使用を重ねると、日本語を一語ずつ訳さずに型へアクセスしやすくなります。
しゅみすけ(大山俊輔)
よくある質問
言語転移と母語干渉は同じですか?
重なる部分はありますが、「干渉」は主に悪影響を連想させます。言語転移や言語間影響は、助けになる影響、回避、理解への影響、双方向の影響まで含む広い概念です。
日本語で考える癖はなくすべきですか?
一律に排除する必要はありません。複雑な内容を整理するとき、母語は強力な思考の道具です。ただし会話で一語ずつ翻訳すると遅れやずれが出るため、頻出場面は英語のまとまりで直接使えるように練習します。
日本語と英語の違いを学べば、誤りを全部予測できますか?
できません。違いは重要な手がかりですが、発達段階、英語内部の一般化、注意、教材、会話方略なども誤りへ影響します。
正の転移の具体例は何ですか?
文章の目的を捉える力、物語の順序を作る力、既知の国際語彙、メモや復習の方略、相手や場面へ配慮する力などです。形式が違っても、概念や技能は英語学習の資源になります。
発音の母語転移は大人でも変えられますか?
変化は可能です。聞き分けと口の動きを分けて練習し、意味を区別する対比、実際の語や文、フィードバックを組み合わせます。ただし到達度や必要時間には個人差があり、母語らしいアクセントを完全に消すことだけが学習目標ではありません。
まとめ:母語は消すものではなく、使い分ける資源
言語転移は、すでに知る言語が新しい言語へ影響する、ごく自然な現象です。日本語の語順、冠詞のない名詞体系、音のカテゴリー、丁寧さの慣習は英語とのずれを生むことがあります。一方、概念、意味、読み書き、文脈理解、学習方略は英語学習を助けます。
大切なのは、「日本語があるから英語ができない」と考えることではありません。どこで日本語の知識が使え、どこで英語の仕組みへ切り替える必要があるかを観察することです。母語は障害物ではなく、第二言語を築く最初の足場なのです。
参考文献・関連資料
- Odlin, T. (1989). Language Transfer: Cross-Linguistic Influence in Language Learning. Cambridge University Press.
- Jarvis, S., & Pavlenko, A. (2008). Crosslinguistic Influence in Language and Cognition. Routledge.
- Lado, R. (1957). Linguistics Across Cultures. University of Michigan Press.
- Selinker, L. (1972). “Interlanguage.” International Review of Applied Linguistics in Language Teaching, 10, 209–232.
- Routledge, Crosslinguistic Influence in Language and Cognition
- Terence Odlin, Language Transfer










