
freedomは「自由」、fairnessは「公平」、respectは「尊重」。英和辞典なら、このように短く訳せます。しかし、その日本語を見ただけで、英語話者がどんな場面や判断を思い浮かべているかまで分かったと言えるでしょうか。
今回はこの3つの抽象語を、Basic English風の実用的な言い換えと、Minimal English/NSM風の意味分解という二つの方法でほどきます。結論から言うと、Basic English風の説明は短く使いやすく、Minimal English風の説明は長い代わりに、抽象語の中に隠れていた前提を見えるようにします。
なお、以下の英文は比較実験のために筆者が作成した簡略例です。Anna WierzbickaやCliff Goddardによる公式のsemantic explicationを転載したものではありません。とくにfreedomには既存のNSM研究がありますが、本記事では同じ場面を二つの制約で比較することを優先します。
しゅみすけ(大山俊輔)
Contents
今回の実験方法
前回のMinimal Englishの記事で見たように、Basic EnglishとMinimal Englishは、どちらも複雑な意味を小さな要素へ戻します。ただし、目的が違います。
- Basic English風:限られた基本語で、意味を実用的かつ短く伝える
- Minimal English/NSM風:翻訳しやすい意味要素へ分け、隠れた前提を明示する
本実験では、各語について一つの場面を決め、次の4点を比べます。
| 評価軸 | 見るポイント |
|---|---|
| 短さ | 少ない文で要点を伝えられるか |
| 自然さ | 普通の英語として使いやすいか |
| 意味の透明性 | 誰が何を思い、望み、するのかが見えるか |
| 翻訳可能性 | 別の言語でも同じ構造を再現しやすいか |
Basic English側は850語の発想に寄せた平易な表現、Minimal English側はsemantic primesを中心にした還元的な表現です。厳密な語彙検査の競技ではなく、二つの設計思想が何を見せるかを比較する実験として読んでください。
実験1:freedomを分解する
場面は「大人が、自分の仕事を自分で選べる社会」です。
普通の英語
People should have the freedom to choose their own work.
短く自然です。ただしfreedomとchooseが理解できなければ、核心が二語の中に隠れたままです。また「自由」とは選択肢があることなのか、他人に止められないことなのか、実行できる条件があることなのかは明示されません。
Basic English風
Every person may take the work that he or she has a desire to do. Other people will not keep this person from doing it.
「したい仕事を取ってよい」「他人がそれを妨げない」と言い換えました。freedomという抽象名詞を使わず、desire、do、keep、fromといった操作可能な要素へ戻しています。短さをある程度保ちつつ、自由の中心を「本人の欲求」と「他者による妨害の不在」に置いた説明です。
Minimal English/NSM風
This person can think like this:
“I want to do work of this kind.”
This person can do this work if this person wants to do it.
Other people can’t say to this person:
“You can’t do it because I don’t want you to do it.”
こちらは長くなりましたが、WANT、THINK、DO、CAN、NOT、BECAUSE、SAYという基本的な意味関係が見えます。自由を「良い状態」と一言で処理せず、本人が望むこと、実行できること、他人が自分の都合だけで禁止できないことへ分けました。
freedom実験の発見
freedomには少なくとも、望める・選べる・実行できる・不当に止められないという複数の層があります。法的に禁止されていなくても、お金や情報がなく実行できなければ「自由がある」と感じない場合があります。反対に、何でも実行できる状態が、他人を害する自由まで含むとは限りません。
一語を分解すると、「自由があるか」という大きな問いが、「誰が何を望むのか」「何ができるのか」「誰が何を理由に止めるのか」という確認可能な問いへ変わります。
実験2:fairnessを分解する
場面は「三人の社員に、仕事の機会を与える判断」です。
普通の英語
The manager has to treat everyone fairly.
自然ですが、fairlyが何を命じているのかは曖昧です。全員へ同じ仕事を与えることなのか、同じ基準で選ぶことなのか、必要に応じて異なる支援をすることなのか。fairnessは、使いやすい一方で、話し手が採用している分配原理を隠します。
Basic English風
The manager has to give every person the same chance. A person will not get the chance only because the manager has a special feeling for that person.
ここではfairnessを「同じ機会」と「個人的な好みによるえこひいきの禁止」へ寄せました。実務ではかなり役立つ言い換えです。ただしsame chanceだけでは、出発点が違う人に必要な支援をどう考えるかまでは説明できません。
Minimal English/NSM風
There are three people.
All these people want to do this work.
The manager has to think about all these people in the same way.
The manager can say why one person can do this work and another person can’t do it.
The manager can’t think like this:
“I want good things to happen to this person because this person is someone like me.”
同じ扱いだけでなく、判断理由を説明できること、所属や親近感だけで特定の人に良い結果を与えないことを明示しました。それでも、能力を重視するのか、必要性を重視するのか、過去の不利益を補うのかという問題は残ります。
fairness実験の発見
3語の中で、最も一枚岩ではなかったのがfairnessです。公平には、少なくとも次の異なる考え方があります。
- 全員に同じものを与える
- 全員を同じ基準で判断する
- 必要が違う人へ異なる支援を与える
- 判断過程を公開し、理由を説明できるようにする
- 個人的な好みや所属で扱いを変えない
どれもfairnessと呼ばれ得ますが、互いに衝突することがあります。「公平にしましょう」と合意しても、同じ結果、同じ機会、同じ手続きのどれを指すか確認しなければ、本当の合意にはなりません。
実験3:respectを分解する
場面は「会議で、自分と違う意見を持つ人に接すること」です。
普通の英語
We have to respect different opinions.
よく使われる表現です。しかしrespectは、相手に賛成することなのか、黙って話を聞くことなのか、価値を認めることなのか、侮辱しないことなのかが分かれます。
Basic English風
We do not have to be of the same opinion. We have to give the other person time to say what he or she thinks. We will not make an attack on this person.
respectを「同意」と切り離し、発言時間を与えること、人格攻撃をしないことへ変えました。行動の指針として分かりやすくなります。
Minimal English/NSM風
I know this person can think about this in another way.
I don’t have to think the same.
When this person says what this person thinks, I want to hear it.
I don’t want to say bad things about this person because this person thinks like this.
I can say why I think in another way.
respectを感情だけでなく、KNOW、THINK、SAME、WANT、HEAR、SAY、BAD、BECAUSEへ分けています。相手の考えが自分と違うと認識する、聞こうとする、相手そのものを攻撃しない、自分の反対理由は説明する、という行動の連なりになりました。
respect実験の発見
respectは「相手を立派だと感じること」だけではありません。少なくともこの場面では、違いを認識し、相手の発話を聞き、人格を攻撃せず、自分の異論を説明するという観察可能な行動になります。
この分解にはコーチング上の価値もあります。「もっと相手を尊重してください」では行動が分かりません。「最後まで聞く」「相手の意見を一度要約する」「人ではなく理由について反論する」とすれば、何を変えるかが見えます。

3語の比較結果
| 語 | 分解後に見えた中心 | 特に残る問い |
|---|---|---|
| freedom | WANT・CAN・DO・NOT | 誰が、どんな理由で止められるのか |
| fairness | PEOPLE・SAME・GOOD・BAD・BECAUSE | 同じ結果・機会・手続きのどれか |
| respect | THINK・FEEL・SAY・HEAR・DO | 感情ではなく、どの行動で示すか |
Basic English風の説明は、少ない語で実際の行動へ移しやすいのが強みです。会話中に知らない抽象語を言い換えるなら、この速さが重要です。一方、Minimal English風の説明は長くなりますが、誰の欲求か、何が原因か、どこに否定がかかるかを明示しやすく、翻訳や文化間対話に向きます。
どちらが優れているかではなく、使う目的が違うと考えるのが適切です。
| 目的 | 向いている方法 |
|---|---|
| 会話中に素早く言い換える | Basic English風 |
| 学習者へ平易に説明する | Basic English風+具体例 |
| 契約・倫理・方針の前提を確認する | Minimal English/NSM風 |
| 複数言語へ翻訳する原文を作る | Minimal English/NSM風 |
| コーチングで曖昧な目標を行動へ変える | 両方の組み合わせ |
しゅみすけ(大山俊輔)
しゅみすけ式:抽象語が出てこないときの4段階
英会話で抽象語が出てこない場合も、次の順番で分解できます。
- 場面を決める――いつ、どこで、誰の話か
- 出来事を言う――誰が何をした/しなかったか
- 心を言う――誰が何を思い、望み、感じたか
- 良い・悪い理由を言う――なぜそう判断するのか
たとえばrespectが出なければ、I listened to her. I didn’t agree with her, but I didn’t say anything bad about her. と言えます。fairnessが出なければ、Everyone had the same chance. The manager told us why he chose one person. と言えます。
抽象名詞を思い出すまで黙る必要はありません。むしろ小さい文へ分けた方が、自分が言いたかったrespectやfairnessの具体的な中身まで伝わります。
この実験の限界
今回の説明は、3語の唯一の定義ではありません。freedomにも政治的自由、身体的自由、選択の自由などがあり、respectにも人への尊敬、規則の尊重、権利への配慮などがあります。場面が変われば意味記述も変わります。
また、Basic English風の英文は読みやすさを優先しており、オグデンの公式850語と派生・慣用規則だけを機械的に完全検証した文章ではありません。Minimal English風の英文も、正式なNSM分析ではなく、semantic primesによる還元的言い換えを体験するための簡略版です。
しかし、この限界そのものが重要です。抽象語には、どの場面でも変わらない一行定義があるとは限りません。場面を決めて初めて、何を残すべきか判断できるのです。
まとめ:翻訳より先に、意味を開く
- freedomは、欲求・可能・行為・禁止へ分けられる
- fairnessは、同じ扱いだけでは足りず、基準・理由・結果の選択が必要
- respectは、感情だけでなく聞く・言う・攻撃しないという行動に表れる
- Basic English風は短く実用的、Minimal English風は長いが前提が見える
- 抽象語は一語の訳を探すより、場面・出来事・心・判断へ分けると伝わる
freedom=自由という対応は、辞書としては正しい答えです。しかし対話の始まりとしては、まだ入口にすぎません。「あなたにとって、何ができることですか」「誰に止められたくないのですか」と聞いたとき、一語の奥にあった意味が初めて姿を現します。
オグデンのBasic Englishも、WierzbickaらのMinimal Englishも、難しい語を排除するためだけの構想ではありません。大きな言葉に隠れた考えを、人が確かめられる小さな言葉へ戻す試みです。
参考資料
- NSM Approach:Minimal English
- Cliff Goddard編『Minimal English for a Global World』
- Anna Wierzbicka:Semantic Primitives, fifty years later
- Basic EnglishとMinimal Englishの歴史的比較
英語の抽象語から日本語の文化語へ実験を反転させた続編として、「甘え・もったいない・おつかれさま」をNSMで分解する記事も公開しました。
抽象語だけでなく、日本語の暗黙のルールを少ない意味要素で説明する実験は、「遠慮・空気を読む・よろしくお願いしますのcultural scripts」へ続きます。
この言い換え実験の背景にある三つの設計思想は、Basic English・NSM・Minimal Englishの3体系比較で俯瞰できます。
この実験で使った850語の設計とオグデンの思想は、C・K・オグデンとBasic English完全ガイドで全体を確認できます。









