バイリンガルの頭の中に言語は二つあるのか?コードスイッチングと一つの言語レパートリー

一人のバイリンガルが家族・仕事・友人などの場面で言語資源を使い分ける様子

バイリンガルの頭の中に、二つの言語が完全に分かれた箱として入っているわけではありません。日本語を話しているときにも英語の語や音がある程度活性化し、英語を話しているときにも日本語の知識が影響します。話者は、相手、場所、目的、感情に合わせて、語彙・文法・発音・身振りなどを選び、必要な言語としてまとめています。

二つの言語を混ぜるコードスイッチングも、必ずしも混乱や語彙不足の印ではありません。話題を変える、冗談を強める、引用する、親密さを示す、仲間を確認するなど、単一言語では出しにくい意味を調整する高度な会話技術です。

しゅみすけ(大山俊輔)

バイリンガルは、二人のモノリンガルを一人に足した存在ではありません。場面ごとに異なる言語資源を使う、一人の話者です。

「バイリンガル」とは、二言語を同じように話せる人なのか

日常では、二つの言語をネイティブ並みに、同じ速さ、同じ語彙量で話せる人をバイリンガルと想像しがちです。しかし、実際の多言語話者の能力は領域ごとに異なります。

家庭の感情表現は日本語、大学の専門用語は英語、祖父母との昔話は継承語、仕事の交渉は現地語ということがあります。料理名や親族呼称は一方に豊富でも、税金や医療の語彙はもう一方に偏る。これは能力の欠陥ではなく、各言語を使ってきた生活経験の違いです。

バイリンガル研究で知られるフランソワ・グロジャンは、バイリンガルを「二人のモノリンガルが一人に同居したもの」と見ないよう強調してきました。二言語をまったく同じ領域で使う必要がなければ、能力が左右対称になる理由もありません。

したがって「どちらも完璧でなければバイリンガルではない」という基準は、世界の多くの多言語話者を不当に半人前として扱います。重要なのは、何語を何点で話せるかだけでなく、誰と、何のために、どの言語資源を使って暮らしているかです。

二つの言語は、使っていないときも完全には消えない

バイリンガルが一方の言語だけで会話しているときも、もう一方の言語が完全に電源オフになるわけではありません。文字、音、意味が似た語を見ると、使う予定のない言語も部分的に反応します。

たとえば、二言語で形や意味が似ている語は認識を助ける場合があり、逆に意味が異なる似た語は干渉を起こすことがあります。話者は、今必要な候補を選び、不要な候補の影響を抑えます。

バイリンガルの適応的言語制御に関する研究では、必要な制御方法は会話環境によって変わると考えられています。一つの言語だけを厳格に使う場、相手ごとに言語を切り替える場、自由に混ぜる場では、脳が解く課題が違うからです。

つまりバイリンガルの頭は、毎回同じスイッチを押しているのではありません。会話環境に適応しながら、競合を抑える、候補を維持する、自由に組み合わせるといった制御を変えています。

バイリンガルは何を切り替えているのか

二つの言語箱ではなく一つの言語レパートリーから資源を選ぶモデル

「日本語モード」「英語モード」という感覚は実際にあります。しかし、その境界は壁ではなく、相手や場面に応じて開閉するフィルターに近いものです。

話者が切り替えるのは単語だけではありません。発音のリズム、声の高さ、敬意の示し方、冗談の型、視線、ジェスチャー、会話の速さ、沈黙の長さまで変わります。言語選択とは、社会的な関係の調整でもあります。

相手が日本語しか分からないときは日本語側の資源を強く選び、日英両方を共有する友人とは両方を使える。専門的な会議では英語の用語を使い、家族へ説明するときは日本語の比喩へ置き換える。これは二つの人格ではなく、一人の話者が意味を最適化している姿です。

コードスイッチングとは何か

コードスイッチングとは、会話や文章のなかで二つ以上の言語・変種を切り替えることです。文と文のあいだで変えることも、一つの文の内部で変えることもあります。

たとえば日英バイリンガルが「明日のmeeting、three o’clockで大丈夫?」と言うとします。これを単なる語彙不足と決めることはできません。職場でmeetingと呼ぶのが自然かもしれず、時刻部分を英語にすることで英語話者の同僚を会話へ含めているかもしれません。

コードスイッチングには、次のような働きがあります。

  • 特定の人の発言を、その人の言語で引用する
  • 話題や場面が変わったことを示す
  • 冗談、皮肉、感情を強める
  • 仲間意識や地域・世代のアイデンティティを示す
  • 専門用語を最も共有しやすい形で使う
  • 会話に入れる人、入れない人を調整する
  • 一方の言語で一時的に出ない語を補う

最後の「語が出ない」も確かにあります。しかし、それだけが理由ではありません。研究では、文中の切り替えに両言語の文法知識が必要で、熟達した話者ほど複雑で自然な切り替えを行う場合も示されています。

混ぜる場所にも文法がある

バイリンガルは、どこでも無作為に言語を切り替えるわけではありません。どの要素を組み合わせやすいかは、二言語の語順、句の構造、共同体の慣習によって制約されます。

たとえば英語とスペイン語、英語とタガログ語、英語と日本語では、自然に感じられる切り替え位置が異なります。同じ二言語でも、共同体によって好まれる型が違います。コードスイッチングは個人の即興でありながら、社会的に学ばれたスタイルでもあります。

Cambridge Handbook of Language Contactの概説でも、コードスイッチングはバイリンガル間で自然に生じ、能力不足の印ではないことが整理されています。

前の記事ピジンとクレオールは壊れた言語なのかで見たように、接触が長く続けば、繰り返される切り替えや借用が共同体の規範となり、新しい変種や言語形成へ関わることもあります。

コードスイッチングと借用語はどう違うのか

ある英語表現を会話の中で一時的に使うのがコードスイッチングなのか、すでに日本語へ入った借用語なのか、境界は必ずしも明確ではありません。

「スマホ」「コンビニ」「リモート」は、日本語の発音と文法に組み込まれ、多くの日本語話者が英語を意識せず使います。これは通常、日本語の借用語です。一方、英語らしい発音や英語の句全体を、その場で英語へ切り替えて使う場合はコードスイッチングに近づきます。

個人の切り替えが共同体で繰り返され、発音や意味を変え、誰もが使うようになれば借用語になります。ここにも、「別々の二言語」から「一つのレパートリー」への連続性があります。

トランスランゲージングとは何か

トランスランゲージング(translanguaging)は、話者の言語活動を「日本語を使った」「英語へ切り替えた」と国家や学校が定めた言語名だけで区切らず、話者が持つ全資源を動員して意味を作る行為として見る考え方です。

たとえば、生徒が英語の資料を読み、日本語で仲間と考え、図を描き、英語で発表する。途中で身振りや写真も使う。これを「日本語と英語が混ざった」とだけ見るのではなく、理解と表現を一つの連続した活動として捉えます。

コードスイッチングは、二つ以上の言語体系の切り替え方を分析する用語として使われることが多い。一方トランスランゲージングは、話者の側から統合されたレパートリーを見る教育的・社会的な視点を含みます。

ただし、両者は単純に古い用語と新しい用語という関係ではありません。「日本語と英語は社会的にも認知的にも区別される体系である」という分析と、「話者は境界を越えて資源を使う」という分析は、見ている尺度が違います。研究上も、言語をどこまで別体系として扱うかには議論があります。

混ぜると、子どもは混乱するのか

幼いバイリンガルが言語を混ぜると、「二つを区別できていない」と心配されることがあります。しかし、混合だけを混乱の証拠にはできません。子どもも相手が何語を理解するかを学び、話す相手によって使う言語を調整していきます。

子どもが語を借りる理由には、片方の語彙がまだ発達途中であること、家庭で日常的に混ぜること、特定の概念を一方の言語でしか経験していないことなどがあります。これは二言語を持つ発達環境では自然です。

もちろん、各言語に十分触れる時間と、応答してくれる相手は必要です。二言語に触れれば自動的に両方が同じように伸びるわけではありません。入力の量だけでなく、会話の質、必要性、話者との関係が発達を形づくります。

人は言語をどう身につけるのかで見たとおり、言語は聞くだけでなく、発話が相手を動かし、返事が返る経験から育ちます。

片方の言語で単語が出にくいのは、能力が半分だからか

バイリンガルは、片方の言語だけを使う人より、特定の言語で単語が出にくい瞬間を経験することがあります。各言語を使う頻度が分散し、同時に活性化した候補が競合するためです。

しかし、二言語全体で見れば概念や表現を失っているわけではありません。ある植物名は日本語、専門概念は英語、家族の呼称は継承語で最も速く出ることがあります。「片方ずつ測れば不足して見えるが、全体では豊かな知識を持つ」ということが起きます。

これはとくに継承語話者を評価するときに重要です。学校言語のテストと同じ基準で家庭言語を測り、「語彙が少ない」と判断すると、その人が家庭や地域で持つ知識を見落とします。

言語によって人格が変わるのか

バイリンガル本人が「英語では積極的になる」「日本語では丁寧になる」と感じることはあります。ただし、頭の中に二つの人格があるという意味ではありません。

言語ごとに結びついた相手、文化的規範、経験、記憶が違います。英語は留学先の友人や職場、日本語は家族や学校と結びついているかもしれません。英語ではファーストネームで率直に意見を言う場が多く、日本語では年齢や役割に応じた敬語が求められる。言語と場面が同時に変わるため、行動も変わります。

感情の距離も同じです。幼少期の言語の叱り言葉は身体的に強く響き、後から学んだ言語では少し距離を取れる人もいます。一方、恋愛や仕事を第二言語で経験した人には、その領域の感情が第二言語のほうが自然なこともあります。

これは言語と思考の関係ともつながります。言語が人格を決定するのではなく、注意、記憶、社会関係を通じて、その場でアクセスしやすい自己の側面を変えるのです。

バイリンガルは認知能力が高いのか

二言語を管理する経験が、注意の切り替えや抑制などの実行機能を高めるという「バイリンガル優位」が広く知られています。一部の研究では優位が報告されていますが、すべての研究で一貫して再現されているわけではありません。

年齢、教育、社会経済的背景、移民経験、使用言語、切り替え頻度、課題の設計などが結果に影響します。「二言語を話せば頭が良くなる」と単純に断定するのは避けるべきです。

確かなのは、バイリンガルが日常的に言語選択の課題を解いていることです。しかし、その経験が一般的な認知課題へどこまで転移するかは別の問いです。英語学習の価値を、脳トレ効果だけで正当化する必要もありません。人、情報、文化へのアクセスが増えること自体に価値があります。

手話と音声言語を使う人は、同時に二言語を出せる

音声言語同士では、口は通常一度に一つの発話系列を作るため、言語を交互に切り替えます。しかし手話と音声言語を使うバイモーダル・バイリンガルは、手と声という異なる経路を使い、二言語を同時に表現するコードブレンディングを行うことがあります。

これは「二つの言語を切り替える」という比喩にも限界があることを示します。人間は、音声、手、表情、視線を含む複数の資源を統合して意味を作っています。

手話は言語なのかで見たように、言語は口から出る音だけではありません。バイリンガルのレパートリーも、単語帳二冊の合計より広いものです。

しゅみすけ(大山俊輔)

日本語を使わずに英語だけで考える練習にも価値があります。しかし、理解のために日本語を使うことまで禁止する必要はありません。目的に応じて、分ける練習と統合する学びを使い分ければよいのです。

英語学習では、日本語を排除したほうがよいのか

初級者が新しい文法や抽象概念を理解するとき、日本語による短い説明は効率的です。すでに持つ知識と英語を結びつけられるからです。内容を調べ、日本語で整理し、英語で言い直す活動も、立派な多言語学習です。

一方、会話の速度を上げたいときには、英語を聞いて英語で反応する時間が必要です。毎回すべてを日本語へ訳していては、リアルタイム処理が育ちにくい。英語だけの練習環境は、英語側の経路を太くするために役立ちます。

したがって答えは「日本語を使うか、使わないか」ではありません。

  • 理解を深めるときは、既知の日本語資源も使う
  • 英語の自動化を鍛えるときは、英語だけで反応する
  • 伝達が目的なら、身振り、言い換え、図も使う
  • 翻訳するときは、単語対応ではなく場面の意味を移す

これは、b-cafe.netに積み重なった個別フレーズと「言語とは」という上位概念をつなぐ地点でもあります。一つの表現を覚えることは、英語箱へ部品を入れる作業ではありません。自分の既存の意味体系に、新しい選択肢を加えることです。

まとめ:二言語を持つのではなく、複数の資源で一人になる

バイリンガルの二言語は区別できます。音韻、語彙、文法、社会的な規範があり、相手に応じて一方を選ぶこともできます。しかし頭の中で完全に隔離されているわけではなく、同時に活性化し、互いに影響し、場面ごとに制御されています。

コードスイッチングは混乱だけでなく、親密さ、引用、感情、専門性、アイデンティティを調整する技術です。トランスランゲージングの視点からは、話者は言語名の境界を越え、自分が持つすべての資源で意味を作っています。

言語とは何かへ戻れば、バイリンガルは「二言語を半分ずつ知る人」ではありません。複数の歴史、関係、語彙、声を、一つの現在の会話へ組み立てられる人です。二つの箱を切り替えているのではなく、一つの広いレパートリーから、その瞬間に必要な自分を話しているのです。

二つの言語の優勢度が変わると、母語が一時的に出にくくなることもあります。続きは母語は忘れるのか――言語摩耗と再活性化で詳しく扱っています。

複数言語の能力が左右対称でないバイリンガルを、どう母語話者として捉えるかは母語話者とは誰かで詳しく扱っています。

一人の中の言語資源と、相手・共同体によって変わる使い分けは、言語はどこにあるのか?の三層モデルでも整理できます。

この記事を書いた人
しゅみすけ(大山俊輔)

b わたしの英会話および英語コーチングGRIT/be:RIZE代表。米国MBA取得、外資系企業4社での勤務経験を持ち、これまで多くの大人の英語学習を支援。日本語と英語の処理構造の違いに着目した「英語OS」の考え方をもとに、独学で伸び悩む人の学び直しをサポートしています。

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