
言語には間違いがあります。ただし、「文法規則から外れた」「標準英語ではない」「不自然に聞こえる」「その場にふさわしくない」「単なる言い間違い」は、同じ種類の間違いではありません。正誤だけで判断せず、形・意味・慣用・場面の四つを分けて見る必要があります。
英語を学んでいると、先生には間違いだと言われた表現を、映画やSNSで母語話者が使っていることがあります。文法書には「前置詞で文を終えてはいけない」と書かれていたのに、実際には “Who are you talking to?” が普通に聞こえます。学校では they は複数形だと習ったのに、辞書には一人を指す用法も載っています。
では、ネイティブが使えば何でも正しいのでしょうか。通じれば文法はどうでもよいのでしょうか。反対に、教科書から少しでも外れたら誤りなのでしょうか。
答えは、どちらでもありません。前の記事言語はどこにあるのかで見たように、言語は個人の頭の中、人と人の相互行為、共同体の慣習という三層に存在します。したがって「正しい」も、一つの物差しだけでは決まりません。
しゅみすけ(大山俊輔)
Contents
「間違い」を見分ける4つの問い
ある表現を見たとき、次の順番で考えると整理できます。
- 形:その文の仕組みとして成立するか
- 意味:必要な意味を共有できるか
- 慣用:どの共同体で実際に使われるか
- 場面:その状況と目的に合っているか

たとえば “Yesterday I go to Shibuya.” は、標準英語の時制としては went が必要です。しかし yesterday があるため、意味は伝わる可能性が高い。一方で、友人との会話で “Would you be so kind as to inform me of the location of the restroom?” と言えば、文法的には正しくても過度に堅く、不自然に響くでしょう。
つまり「文法的」と「伝わる」と「自然」と「適切」は別の評価です。
規範文法とは――どう使うべきかを示すルール
規範文法は、ある場面で言葉をどう使うべきかを示します。学校文法、文章作法、新聞社や出版社のスタイルガイド、試験の採点基準などが代表例です。
規範には大切な役割があります。地域・年齢・職業の違う人が同じ文書を読み、誤解を減らすには、共有された基準が便利です。英語学習者にとっても、まず広く通用する標準的な形を学べば、限られた学習時間で多くの相手と話せます。
たとえば三人称単数現在の “She works.”、過去形の “I went.”、正式なメールの “Could you please confirm the date?” は、学習の安定した基盤になります。規範は単なる権力の押し付けではなく、公共の場で互いの予測を合わせる道具でもあります。
ただし規範は、言語そのものの全体ではない
規範文法は、無数にある用法の中から、教育・公文書・出版などに適した形を選びます。そのため、家庭の会話、地域方言、若者言葉、スラング、職業集団の表現まで全部を表すわけではありません。
標準英語は、英語の中で制度的に広く使われる変種です。しかし、標準英語だけが文法を持ち、それ以外が崩れた英語なのではありません。方言にも一貫した語順、否定、時制、発音の規則があります。
記述文法とは――人が実際にどう使うかを調べる
記述文法は、「こう言うべきだ」と命令する前に、人々が実際に何を言い、どの条件で使い分けるかを観察します。会話記録や大量の文章を集めたコーパス、話者の判断などを使って、用法の分布と規則を記述します。
記述することは、すべての用法をどの場面でも推奨することではありません。医師が病気を記述することと病気を勧めることが違うように、言語学者が ain’t の使われ方を分析することと、就職面接で使うよう勧めることは別です。
規範文法と記述文法は敵同士ではありません。記述によって実際の言語を知り、目的に応じてどの形を選ぶかを規範が助けます。Cambridge Grammar of the English Language も、記述文法と使用上の助言は原理上両立できると整理しています。
「文法的」と「標準的」は同じではない
ある地域や集団で自然に生成され、意味が一貫して理解される表現は、その変種では文法的です。しかし、標準英語の規範には含まれないことがあります。
たとえば英語の一部の方言では、否定を重ねる “I didn’t see nothing.” が使われます。標準英語では “I didn’t see anything.” が推奨されますが、前者が無秩序に単語を並べたものではありません。否定一致という仕組みは、スペイン語やフランス語を含む多くの言語にも見られます。
方言は別の言語なのかで扱ったように、「標準語と違う」と「規則がない」は同じではないのです。
昔は誤りとされたものが、なぜ正しくなるのか
言語の規範は固定されていません。話者の使用が広がり、世代が変わり、辞書や文法書がそれを記述することで、評価も変わります。
文末の前置詞
“Who are you talking to?” のように前置詞で文を終える形は、英語では何世紀も自然に使われてきました。一時期、ラテン語文法を理想とする規範の影響で避けるべきだとされましたが、現代では通常の英語として広く認められています。非常に正式な文では “To whom are you talking?” も選べますが、後者だけが唯一の正解ではありません。
一人を指す singular they
“If anyone calls, tell them I’ll be back.” の them は、一人かもしれない anyone を受けています。この用法には長い歴史があり、現在のCambridge Dictionaryなども通常の用法として扱っています。近年は、性別を二分しない人の代名詞として特定の一人を指す用法も広がりました。
ここでは「複数形だった語が突然壊れた」のではなく、話者の必要と長期の慣用が文法の範囲を広げています。言語が変化する仕組みそのものです。
ネイティブが使えば正しいのか
母語話者も言い間違え、書き間違えます。文を途中で組み替え、主語と動詞が食い違うこともあります。また、ある地域の母語話者には自然でも、別の地域では使われない表現があります。
したがって「ネイティブが一人使った」は、存在する用例だという証拠にはなりますが、あらゆる場面で推奨される証拠にはなりません。確認したいのは次の点です。
- その人だけの一時的な言い間違いか
- 地域・世代・集団で繰り返し使われるか
- 会話と文章のどちらで使われるか
- 親しい場面と正式な場面のどちらに合うか
- 自分が参加したい英語共同体でも通じるか
母語話者とは誰かという問題と同じく、一人の話者を英語全体の審判にすることはできません。
「通じれば正しい」のか
通じることは、会話の重要な成功です。しかし、通じたことと形式が標準的であることは同じではありません。聞き手が文脈から大きく補った可能性もあります。
“He go yesterday.” でも意味は推測できますが、時制や主語との一致を安定して使えれば、聞き手の負担が減り、複雑な話も正確に伝えられます。仕事、契約、医療、学術の場では、小さな曖昧さが大きな問題になることもあります。
一方、正確さを気にしすぎて一言も発せなければ、相互行為は始まりません。会話では、まず伝え、反応を見て、確認や言い換えで修復する力も必要です。これは言語を知っているとは何かで扱ったコミュニケーション能力の一部です。
しゅみすけ(大山俊輔)
学習者のerrorとmistakeは違う
第二言語習得では、学習者の誤りを考えるとき、しばしば error と mistake を区別します。
- mistake:知っている規則なのに、疲労、緊張、注意不足などで一時的に間違える
- error:学習者の現在の言語体系そのものに、目標言語とのずれがある
毎回 “He go” と言い、自分では直せないなら、三単現の規則がまだ内的な体系に組み込まれていない可能性があります。普段は “He goes” と言えるのに、一度だけ言い損ねてすぐ自己修正できるなら、処理上のmistakeに近いでしょう。
ただし実際の発話だけから、両者を完全に判定することはできません。何度か使う様子、自己修正、理解、場面による変化を見ます。誤りは単なる減点材料ではなく、学習者が現在どのような規則を作っているかを示す手掛かりです。
世界英語では、誰の英語を基準にするのか
英語は、英国や米国だけの所有物ではありません。インド、シンガポール、フィリピンを含む各地で、地域の歴史や他言語との接触を反映した英語が使われています。
国際的な会話では、英国人らしさや米国人らしさより、異なる背景の話者同士で理解できることが重要な場合があります。地域表現をすべて誤りとすれば、実際に機能している英語共同体を見落とします。反対に、地域内で自然な表現が、国際的な相手には伝わりにくいこともあります。
だから基準は「唯一の本物の英語」ではなく、誰と何のために話すかです。標準英語は広域の共通基盤として有用であり、世界英語の多様性は、そこから外れた用法を理解し調整する力を与えます。
英語学習者は、結局どの英語を学べばよいのか
初心者から中級者までは、まず広く理解される標準的な英語を土台にするのが実用的です。何でもありの状態では、自分の表現を修正する基準が持てません。
ただし、標準英語を「それ以外を劣った英語と判断する武器」にしないことです。学習の順番は次のように考えられます。
- 標準的な語彙・文法・発音を共通基盤として学ぶ
- 会話で使い、通じ方と自分の弱点を確かめる
- 相手、地域、媒体による実際の変異に触れる
- 正式・日常・親密・地域的な表現を目的に応じて選ぶ
学ぶべきなのは「一生間違えない英語」ではなく、基準を持ちながら、相手と場面に合わせて選択し、ずれたときに修復できる英語です。
まとめ――言語の正しさは一枚の○×ではない
言語には間違いがあります。しかし、間違いの中身を分けなければ、役に立つ指導も学習もできません。
- 文の仕組みとして成立しない
- 意味は伝わるが標準英語ではない
- ある共同体では自然だが、別の共同体では通じにくい
- 文法的だが、その場面にはふさわしくない
- 知識はあるが、一時的に言い損ねた
「正しい英語」とは、辞書や母語話者一人が永久に決めるものではありません。話者の内的な文法、共同体の慣用、歴史的な変化、そして今ここでの目的が重なって決まります。
英語学習者に必要なのは、規則を捨てることでも、規則に縛られて黙ることでもありません。標準英語を足場にして実際に使い、違いに出会ったら「形・意味・慣用・場面」の四つを確かめることです。その視点があれば、間違いを恐れるだけでなく、間違いから言語の仕組みを学べます。
参考文献・資料
- Rodney Huddleston & Geoffrey K. Pullum, The Cambridge Grammar of the English Language: Preliminaries.
- Geoffrey Leech, Descriptive Grammar, 2015.
- Cambridge Dictionary, Pronouns: one, you, we, they.
- Merriam-Webster, Singular ‘They’.
正誤を瞬時に感じる言語直感と、規則を言葉で説明する知識の違いは、なぜ母語は文法を説明できなくても使えるのか?で掘り下げています。
文法規範の背後にある体系と使用の関係は、文法はルールなのか、パターンなのかも参照してください。
この問いを言語全体の中に置き直す入口は、「言語とは何か」総合ガイドです。意味・構造・社会・習得が重なることで、言語の「正しさ」が一つの基準だけでは決まらない理由も見えてきます。









