言語はどこにあるのか?頭の中の知識と社会の共有ルール

個人の頭の中、対話、共同体を通じて言語が存在する様子

言語は、辞書の中だけにも、個人の頭の中だけにも、社会の中だけにもありません。語彙・文法・発音を持つ一人ひとりの頭の中、人と人が意味を調整する相互行為、そして表現の慣習や「通じる範囲」を受け継ぐ共同体。この三つにまたがって存在しています。

「英語はどこにありますか」と聞かれたら、少し妙な質問に聞こえるかもしれません。英語はイギリスやアメリカにあるのでしょうか。辞書や文法書に収められているのでしょうか。それとも、英語を話す人の脳の中にあるのでしょうか。

どれも一部は正しい。しかし、どれか一つだけでは足りません。辞書を誰も読まなくなり、英語を使う人が一人もいなくなれば、そこに記号の記録は残っても、生きた言語がそのまま存在するとは言いにくいでしょう。反対に、一人の人が自分だけの規則を作っても、他者と共有できなければ、それは通常の意味での「英語」にはなりません。

言語を知っているとは何かを考えると、語彙や文法だけでなく、場面に合わせ、相手と調整しながら目的を達成する力が見えてきました。今回は、さらに一歩進めます。その知識や規則は、そもそも「どこ」にあるのでしょうか。

しゅみすけ(大山俊輔)

英語は教科書の完成品を一人ずつコピーするものではありません。同じ英語を学んでも、知っている語、発音、得意な場面は人によって違います。それでも会話できるのは、違いを抱えたまま相手と調整できるからです。

短く答えると、言語は三つの層に存在する

「言語はどこにあるのか」という問いは、三つの層に分けると整理できます。

  • 個人:一人ひとりの頭の中にある語彙、文法、音、意味の結びつき
  • 相互行為:会話の中で行う推測、確認、言い換え、誤解の修復
  • 共同体:世代を超えて共有される慣習、規範、文章、辞書、教育、歴史

言語が個人、相互行為、共同体の三層に存在することを示す図

この三層は、別々の箱ではありません。社会で聞いた表現が個人の知識になり、個人が少し新しい使い方を試し、会話で受け入れられ、それが集団に広がれば言語変化になります。言語は三層を絶えず行き来しています。

第一の層――言語は一人ひとりの頭の中にある

私たちは、話すたびに辞書を引いて文法書のページを検索しているわけではありません。聞こえた音を語として区切り、文の構造を読み、意味を予測し、自分の言いたいことを文にして発音します。その処理を可能にする知識と仕組みは、個人の脳と身体にあります。

ノーム・チョムスキーは、研究対象としての言語を、個人の内側にある仕組みに強く寄せました。後には I-language という言い方を用います。I は internal(内的)、individual(個人的)、intensional(内包的)などに結びつく考え方です。重要なのは、「英語」という外側の巨大な物体より、ある話者がどのような仕組みによって無数の文を理解し、作れるのかを問うことです。

この視点に立てば、二人の日本語話者がまったく同じ日本語を持っているとは限りません。知っている語彙、言い回し、アクセント、敬語、専門語は異なります。関西で育った人と東京で育った人、法律家と料理人、十代と八十代では、頭の中の言語資源が違います。それでも重なる部分が大きいため、日本語でやり取りできます。

「英語を知る量」は人によって違ってよい

このことは英語学習にも重要です。学習者の頭の中にある英語は、教科書に載っている英語の不完全な複製ではありません。その人の経験に応じて作られた、独自のネットワークです。旅行で使う表現が強い人、仕事のメールは書けるが雑談が苦手な人、聞けば分かるがすぐには話せない人がいます。

だから「英語を知っている/知らない」という二択ではなく、どの領域の知識がどの程度すぐ使えるかを見る必要があります。これは母語話者とは誰かという問いにもつながります。母語話者であっても、その言語の全単語・全規則を知っているわけではありません。

第二の層――言語は人と人の「あいだ」で成立する

頭の中に知識があっても、それだけで会話が成立するわけではありません。話し手が文を作り、聞き手が同じ意味を取り出すという一方向の配送モデルでは、現実の会話を十分に説明できません。

たとえば “It’s cold in here.” は、室温についての報告にも、「窓を閉めて」という依頼にもなります。意味は単語と文法だけでは決まらず、部屋の状況、相手との関係、その前の会話、視線や身振りを手掛かりに作られます。詳しくは言語とコミュニケーションで扱った語用論の領域です。

さらに、会話では最初から完全に共有された意味があるとは限りません。“Do you mean next Friday?” “The one near the station?” のように確認し、言い換え、修正します。通じるとは、二人が同じ辞書を頭に持つことではなく、ずれを発見しながら必要な共通理解を作ることです。

間違いがあっても言語は働く

英会話学習者が “Yesterday I go to Shibuya.” と言ったとします。標準的な英文法では過去形の went が必要です。しかし、昨日の出来事だという意味は十分伝わるかもしれません。聞き手が自然に補い、必要なら確認するからです。

これは「文法は不要」という意味ではありません。正確な形式ほど、少ない負担で細かな意味を共有できます。ただし言語の成功は、規則に一点も違反しないことだけでは測れません。相互行為の中で、必要な意味が作られたかも重要です。

第三の層――言語は共同体が受け継ぐ慣習である

個人の知識と対話だけを見ても、「なぜその音がその意味になるのか」は説明しきれません。英語の dog が犬を指すのは、音そのものに犬らしさがあるからではなく、その結びつきを人々が歴史的に受け継いできたからです。

フェルディナン・ド・ソシュールは、個々の発話である parole(パロール)と、社会的に共有される記号体系である langue(ラング)を区別しました。私たちは共同体が作ったラングを使って発話しますが、発話の積み重ねは長い時間をかけてラングそのものを変えます。

辞書、文法書、学校、放送、文学、SNSは、この共有を支える装置です。ただし、それらが言語を一方的に作るわけではありません。辞書は多くの場合、人々がすでに使っている言葉を観察して記述します。学校で「正しい」と教えられる形も、歴史上のある時期・ある集団の用法を基準化したものです。

では「正しい日本語」「正しい英語」は誰が決めるのか

言語が共同体の慣習なら、多数決で何でも正しくなるのでしょうか。ここでは「正しい」を少なくとも三種類に分ける必要があります。

  1. 体系として可能:その話者の文法で自然に作れるか
  2. 共同体で慣用的:その集団で広く理解され、実際に使われるか
  3. 場面に適切:論文、仕事、友人との会話など、その場の目的に合うか

たとえば方言は、標準語と形が違っても、地域共同体の中で規則を持つ完全な言語変種です。「標準語と違う」と「規則がない」は同じではありません。方言は別の言語なのか、また言語と社会で見たように、標準語の境界には教育、国家、権力、アイデンティティも関わります。

英語でも “ain’t” は体系も歴史もある表現ですが、正式な文書では避けられることがあります。問題は「英語か、英語でないか」だけではなく、誰が、誰に、どこで使うかです。言語能力には、この場面判断も含まれます。

しゅみすけ(大山俊輔)

「ネイティブが言ったから正しい」だけでは整理できません。誰の用法なのか、どの共同体で通じるのか、どの場面に合うのかを見ると、英語の正しさを一段具体的に考えられます。

個人が勝手に言葉を変えたら、新しい言語になるのか

一人で新語を作ることはできます。しかし、その語が生き残るには他者が意味を推測し、使い、別の人へ渡す必要があります。個人の創造が相互行為で試され、共同体に広がったとき、共有語彙の一部になります。

逆に、広く使われていた語も、人々が使わなくなれば弱くなります。言語は石碑のような完成物ではなく、毎回の使用によって維持される慣習です。だからこそ、言語は変化します。変化は誰かが規則を壊した結果だけではなく、個人の小さな変異が人との間で受け入れられ、集団へ広がる過程でもあります。

バイリンガルの言語レパートリーも、この三層で見れば分かりやすくなります。個人は複数言語の資源を持ち、相手に合わせて選び、地域や家族、職場という共同体ごとに使い方を変えます。言語名の境界より、実際の資源と実践のほうが連続的なこともあります。

言語学者の意見が割れるのは、違う場所を見ているから

「言語は個人の脳内システムである」と「言語は社会的な慣習である」は、一見すると対立します。しかし、問いが違えば観察すべき層も変わります。

知りたいこと 主に見る層
人は未知の文をなぜ理解できるか 個人の認知・文法
曖昧な発言がなぜ通じるか 相互行為・文脈
方言や標準語はどう成立するか 共同体・歴史・制度
新しい表現はどう広がるか 三層の循環

個人だけを見れば、社会的な「英語」の境界が薄く見えます。共同体だけを見れば、一人ひとりが持つ異なる文法処理が見えにくくなります。相互行為だけを見れば、会話を可能にする長期的な知識や歴史を過小評価しかねません。三層モデルは理論を一つに混ぜるためではなく、それぞれが何を説明しているのかを見失わないための地図です。

英語学習に置き換えると、三つの練習が必要になる

この見方は、英語学習を具体的に変えます。

  • 個人を育てる:語彙、文法、発音、チャンクを理解し、取り出せるようにする
  • 相互行為を経験する:質問、確認、言い換え、聞き返し、会話の修復を使う
  • 共同体に触れる:実際の英語を読み聞きし、場面ごとの慣用表現や価値観を知る

単語帳だけでは、相手との調整は育ちにくい。フリートークだけでは、語彙や文法の穴が体系的に埋まるとは限りません。ネイティブらしい表現を集めるだけでは、自分が参加したい共同体や目的に合うか分かりません。知識、相互行為、社会的経験を往復させる必要があります。

言語習得とは、頭の中に規則を蓄えるだけでなく、他者とのやり取りを通じてその規則を調整し、ある共同体の実践に参加できるようになる過程でもあるのです。

まとめ――言語は「もの」よりも、三層を循環する営みである

言語とは何かを一つの物体として探すと、辞書、脳、会話、社会のどれが本体なのか決めたくなります。しかし実際には、一人ひとりが知識を持ち、人と人の間で意味を作り、共同体が慣習を受け継ぐことで、言語は生き続けます。

言語は、頭の中にあり、人と人のあいだにあり、歴史を持つ共同体の中にあります。英語を学ぶことも、この三層へ少しずつ参加していくことです。単語や文法を覚えること、通じない場面で調整すること、実際の英語が使われる文化や集団に触れること。その全部が「英語を知る」の一部なのです。

参考文献

ここから生まれる「正しい言葉は誰が決めるのか」という問題は、言語に間違いはあるのか?で、形・意味・慣用・場面の4つに分けて掘り下げています。

個人の頭の中にある言語知識のうち、説明できる知識と直感的に働く知識の違いは、なぜ母語は文法を説明できなくても使えるのか?で掘り下げています。

この記事を書いた人
しゅみすけ(大山俊輔)

b わたしの英会話および英語コーチングGRIT/be:RIZE代表。米国MBA取得、外資系企業4社での勤務経験を持ち、これまで多くの大人の英語学習を支援。日本語と英語の処理構造の違いに着目した「英語OS」の考え方をもとに、独学で伸び悩む人の学び直しをサポートしています。

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