
言語を知っているとは、単語の意味と文法規則を覚えているだけではありません。音や文字を認識し、意味を組み立て、相手と場面に合う表現を選び、文をつなぎ、分からないときには確認や言い換えを使って、現実の目的を達成できることです。
ただし、「知っている」と「使える」を完全に二分するのも正確ではありません。読めるが話せない人は、その言語を何も知らないわけではない。会話では流暢でも、学術論文は読めない母語話者もいます。言語能力は一枚の点数ではなく、領域と活動ごとに厚みの異なる知識と技能です。
英語力を考えるとき、私たちはつい「単語を何語知っているか」「文法問題を何問解けるか」「ネイティブのように話せるか」に目を向けます。しかし、実際の言語使用では、知らない語に出会い、聞き返し、相手の反応を読み、別の言い方を探します。言語を知るとは、完成した辞書を頭に持つことではなく、限られた資源を状況の中で組み合わせることなのです。
しゅみすけ(大山俊輔)
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一つの単語を「知っている」とはどういうことか
たとえば英単語 issue を「問題」と訳せれば、その語を知っているのでしょうか。それは入口ですが、十分ではありません。少なくとも次のような知識があります。
- 文字を見て、その語だと認識できる
- 音声の中から聞き取れる
- 発音し、綴ることができる
- 中心的な意味と文脈ごとの意味が分かる
- an important issue、deal with an issue など自然な組み合わせを知る
- 名詞・動詞としての使い方や文型が分かる
- problem、matter、topic との違いを判断できる
- 会議、ニュース、日常会話でどの使い方が自然か分かる
- 必要な瞬間に自分で取り出せる
「見れば分かる」受容語彙と、「自分で使える」産出語彙には差があります。さらに、自分で使える語でも、会話では出るが文章では誤ることがあります。語彙数だけでは、知識の深さ、速度、使用領域は分かりません。
b-cafe.netにある膨大な個別表現の記事は、単語帳の項目を増やすだけではなく、語の意味、ニュアンス、組み合わせ、場面を厚くする仕事です。一つの表現を複数方向から知るほど、別の文脈でも選びやすくなります。
文法を説明できなくても、文法を知っている
母語話者の多くは、文法用語を使って規則を説明できなくても、自然な語順を判断できます。日本語話者は助詞の体系を講義できなくても、「私は駅に行く」と「私は駅を行く」の違和感を感じます。この暗黙的な知識も言語能力です。
反対に、文法規則を説明できても、会話中に即座に使えないことがあります。明示的知識は、考える時間のある問題や文章の推敲に役立ちますが、リアルタイムの発話には自動化された処理も必要です。
したがって「文法を勉強しても話せない」ことは、文法学習が無意味なのではありません。説明として持つ知識と、注意をほとんど向けずに運用できる知識の間に、反復と使用経験が必要なのです。明示的学習と暗示的学習は、対立させるより役割を分けて考えるべきです。
言語能力と実際の言語使用は同じではない
チョムスキーは、話者が内在的に持つ言語の知識を competence、具体的な場面での使用を performance と区別しました。実際の発話では、記憶の限界、注意、疲労、緊張、言い間違いが影響します。一度噛んだからといって、その文法を知らないとは限りません。
この区別は重要です。試験で答えられなかった、会話で単語が出なかったという一回の行動だけで、知識そのものがないと断定できないからです。一方、言語を社会で使う立場から見ると、頭の中の文法知識だけでは足りません。「何が文法的に可能か」に加えて、「誰に、いつ、どの言い方をするのが適切か」を知る必要があります。
チョムスキーと生成文法が明らかにしようとした能力と、英会話教育で必要な能力は重なりますが、研究目的が同一ではありません。
ハイムズが広げた「コミュニケーション能力」
社会言語学者デル・ハイムズは、文法的な文を作れることだけでは、実際の共同体で言語を使えるとは言えないと論じました。子どもは、文が可能かどうかだけでなく、いつ話すか、いつ黙るか、誰にどのように話すかを身につけます。
ある表現が文法的に正しくても、上司、親しい友人、初対面の人へ同じ形で使えるとは限りません。謝罪、依頼、断り、冗談は、単語の意味だけでなく関係と文化的期待の中で解釈されます。言語能力には、社会的に適切な使用の知識も含まれます。
これは「正しい英語」と「伝わる英語」のどちらかを選ぶ議論ではありません。形式上の正しさも、場面への適切さも、目的達成への有効性も、それぞれ必要な側面です。
言語を使う四つの力

カナールとスウェインらのコミュニカティブ・コンピテンスのモデルを踏まえると、言語を使う力は四つに整理できます。
1.形式――語彙・文法・発音を組み立てる
単語、語形成、文法、綴り、発音など、言語コードそのものの知識です。形式を軽視すれば、誰が何をしたのか、いつの話か、肯定か否定かが曖昧になります。コミュニケーション重視は、文法不要という意味ではありません。
2.社会――相手・場面・丁寧さを選ぶ
同じ依頼でも、Give me that.、Could you pass me that?、Would it be possible to…? では関係の作り方が違います。地域、職場、世代、親密さに応じて、何が自然で適切かを判断する力です。言語と社会は、まさにこの能力の背景を扱っています。
3.談話――文をつないで意味を組み立てる
文法的に正しい短文を並べても、関係が分からなければ話として伝わりません。代名詞、接続表現、話題の維持、情報の順序を使い、一つの説明、物語、議論へまとめる力です。
First、but、because、for example のような基本語も、文と文の関係を示します。難しい単語より、既知情報から新情報へ進む順序のほうが理解しやすさを左右することがあります。
4.方略――言い換え・確認・修復で越える
完璧な話者はいません。聞き取れなければ聞き返し、単語が出なければ説明し、誤解があれば言い直します。身振り、例示、確認質問、別表現への切り替えも言語使用の一部です。
先の記事流暢さとは何かで見た通り、修復は流暢さの敵ではありません。詰まったあとに意味の流れへ戻る能力です。
四技能だけでは、言語使用を十分に説明できない
英語教育では、読む・書く・聞く・話すの四技能が使われます。便利な分類ですが、現実の活動はそれほど分離していません。会議では相手の発言を聞き、資料を読み、自分の意見を話し、後でメールにまとめます。通訳や要約では、受け取った意味を別の人へ橋渡しします。
CEFRは、従来の四技能だけでなく、受容、産出、相互行為、仲介というコミュニケーション活動と、それを支える方略・能力を記述します。学習者を、知識を蓄積する生徒だけでなく、社会の中で行動する「社会的主体」と見るからです。
言語を使う目的は、正しい文を提示することだけではありません。予約する、相談する、協働する、物語を共有する、対立を調整する、他者が理解できるよう説明する。行為が違えば、必要な言語能力の組み合わせも変わります。
「読めるのに話せない」は、英語力がないのか
英語力はあります。ただし、読解で育った知識が、時間制約のある相互行為へ十分に接続されていない可能性があります。
読むときは戻って確認でき、辞書も使えます。話すときは、相手の発言を処理しながら、語を取り出し、発音し、反応を観察しなければなりません。同じ語彙・文法知識を使っていても、必要な処理速度と方略が違います。
診断を「英語ができない」で終えると、すべてを最初から勉強し直すことになります。しかし「読む語彙はあるが音から認識しにくい」「文法知識はあるが発話で自動化されていない」「一文は作れるが会話の順番交替が苦手」と分ければ、練習を選べます。
試験の点数は、言語能力の何を測るのか
試験は言語能力の一部を、一定条件で比較する道具です。語彙・文法問題は形式知識を、読解は受容を、面接は産出と相互行為の一部を測ります。信頼できる試験でも、実生活の全場面を再現することはできません。
点数が高くても突然の交渉に慣れていない人はいます。日常会話が得意でも、学術文章の読み書きは苦手な人もいます。点数を否定する必要はありませんが、「何を、どの課題と条件で測った点数か」を理解することが大切です。
母語話者なら、言語を完全に知っているのか
母語話者も、その言語のすべてを知ってはいません。専門用語、古語、他地域の方言、法的文章、若者言葉など、知らない領域があります。語彙量や読み書き能力にも大きな個人差があります。
母語話者とは誰かで見たように、母語話者性は言語経歴を示す概念であって、全領域の能力保証ではありません。逆に、後から学んだ人が専門領域では母語話者より豊富な表現を持つこともあります。
AI翻訳があれば、言語を知らなくてもよいのか
AI翻訳は、形式変換、語彙候補、要約を強力に支援します。しかし、何を言うべきか、どの関係を作りたいか、出力が場面に適切か、誤解が起きたときにどう修復するかは、人間側の判断を必要とします。
道具を使うことも方略です。辞書を使えば言語能力が偽物になるわけではないように、AIを使うことも言語活動の一部になりえます。ただし、出力を評価する最低限の知識と、相手に対する責任は残ります。言語能力は「全部を記憶する力」から、「資源を選び、統合し、結果を引き受ける力」へ広がっています。
しゅみすけ(大山俊輔)
言語学習の目標を「できること」で決める
「英語を話せるようになりたい」から一歩進めて、行為を具体化します。
- 海外旅行で、自分の希望を伝え確認できる
- 会議で、賛成・懸念・理由を短く述べられる
- 友人の話を聞き、質問して会話を広げられる
- 専門内容を、非専門家にも簡単に説明できる
- 聞き取れないとき、止めて確認できる
- 知らない単語を、知っている英語で説明できる
必要な語彙と文法は、目的から逆算できます。旅行の予約と研究発表では必要な形式が違い、友人との雑談と苦情対応では社会的な言い方が違います。すべてを習得してから使い始めるのではなく、必要な活動の中で四つの力を少しずつ統合します。
言語を知るとは、関係の中で使えること
言語は、頭の中の規則体系です。同時に、声や文字として時間の中で処理され、社会関係の中で選ばれ、目的のために使われる行為です。どれか一つだけが本当の言語能力なのではありません。
単語と文法は土台です。そこへ相手と場面への判断、文を意味ある全体へつなぐ力、問題を越える方略が加わります。受容、産出、相互行為、仲介の経験を通して、知識は使える資源になります。
言語を知っているとは、正解をすべて記憶していることではありません。持っている知識を、その場で統合し、人とともに意味を作り、目的へ進めることです。だから言語能力は完成する所有物ではなく、場面ごとに組み直され、使うほど広がるレパートリーなのです。
参考文献
- Council of Europe, CEFR descriptive scheme
- Council of Europe, Common European Framework of Reference for Languages
- Hymes, D. (1972). On Communicative Competence.
- Canale, M. & Swain, M. (1980). Theoretical Bases of Communicative Approaches to Second Language Teaching and Testing.
- Chomsky, N. (1965). Aspects of the Theory of Syntax.
言語そのものの入口へ戻る方は、言語とは何か――意味・構造・コミュニケーションから考えるもあわせてご覧ください。
ここで扱った言語能力が、個人の知識・相互行為・共同体の規範にどうまたがるかは、言語はどこにあるのか?で掘り下げています。
コミュニケーション能力における正確さと適切さの違いは、言語に間違いはあるのか?で具体的に掘り下げています。
言語を知ることの中でも、説明できる知識と瞬時に使える知識がどう違うかは、なぜ母語は文法を説明できなくても使えるのか?で整理しています。









