ピジンとクレオールは壊れた言語なのか?言語接触から新しい文法と母語が生まれるまで

多言語の接触から共同体と子どもの新しい言語が育つ様子

ピジンもクレオールも、「壊れた英語」や「文法のない言葉」ではありません。異なる言語を話す人々が、交易、労働、移住、植民地支配などの状況で意思を通わせる必要から生み出した接触言語です。とくにクレオールは、共同体の第一言語として、感情、仕事、教育、文学、政治、冗談まで表現できる独自の文法体系を持っています。

単語の多くが英語やフランス語に似ていても、文法まで英語やフランス語の簡略版とは限りません。語順、時制・相・法の表し方、否定、複数、疑問文などには、接触した複数の言語と共同体の歴史が刻まれています。

しゅみすけ(大山俊輔)

外からは「英語を間違えている」ように見えても、話者同士が同じ規則を共有しているなら、それは個人の間違いではなく、その共同体の言語です。

ピジンとは何か

ピジンとは、共通の言語を持たない人々が、限られた目的のために作り上げる接触言語です。港での取引、農園や鉱山での労働、軍隊、移住先の市場など、多言語の人々が日常的に協力しなければならない場所で生まれてきました。

典型的なピジンには、次の特徴があります。

  • 通常、その言語を第一言語とする話者がいない
  • 使われる場面が交易や仕事などに限られる
  • 語彙の範囲が、必要な活動を中心に形成される
  • 複数の言語の話者が共有できる規則へ調整される
  • 話者によって使い方に幅がある

ここで「語彙が限られる」「形が単純になる」と言っても、知性が低い言語という意味ではありません。目的が限られているため、その目的に必要な仕組みが選ばれているのです。航空管制やプログラミング言語も用途を限定しますが、それを未完成とは呼びません。

また、ピジンは単に外国語学習者の不完全な発話ではありません。一人ひとりが勝手に間違えているのではなく、異なる母語の人々のあいだで繰り返し使われ、一定の語彙と規則が社会的に共有されます。

クレオールとは何か

クレオールは、言語接触のなかで生まれ、共同体の日常言語・第一言語として定着した言語を指します。家庭で子どもへ受け継がれ、生活領域が広がると、幼児への呼びかけ、物語、恋愛、喧嘩、教育、宗教、行政、音楽など、共同体が必要とするあらゆる表現が発達します。

古典的な説明では、まず大人が限定的なピジンを作り、それを子どもが母語として獲得する過程で文法と語彙を広げ、クレオールになるとされてきました。この説明は分かりやすく、実際に世代継承が大きな転換点となった例もあります。

ただし現在のクレオール研究では、すべてのクレオールが同じ一本道を通ったとは考えられていません。植民地社会の人口移動、話者間の接触、第二言語習得、複数世代の規範形成が重なり、徐々に独立した共同体言語へ育った場合もあります。そもそも「クレオール」を構造だけで一律に定義できるかについても議論があります。

言語学者サリココ・ムフウェネも、クレオール形成を単純な学習者言語や一つの仕組みだけで説明せず、社会のなかで特定の特徴が選ばれ、共同体の規範として定着する過程を見る必要があると論じています。

ピジンとクレオールの違い

ピジンとクレオールの話者・用途・世代継承の違い

最も分かりやすい違いは、母語話者と使用領域です。ピジンは主に共通語を持たない大人同士の限定的な接触言語であり、クレオールは共同体の日常を丸ごと担う第一言語です。

ただし現実は二箱にきれいに分かれません。ピジンと呼ばれる言語に母語話者が生まれることもあれば、地域社会では歴史的な名称としてPidginがそのまま使われることもあります。名前だけを見て、現在の言語機能を判断してはいけません。

語彙を英語から借りても、英語の一種とは限らない

クレオールを理解する鍵の一つが、語彙を多く提供した言語と、文法を含む言語全体を分けて考えることです。語彙の多くを提供した言語は、語彙供給言語、レキシファイアなどと呼ばれます。

たとえば英語系クレオールでは、単語の形が英語に似ているため、英語話者は「だいたい分かる」「崩れた英語だ」と感じることがあります。しかし、単語の意味範囲、語順、時制の示し方、否定や焦点化の仕組みは異なります。英単語に見える部品が、別の設計図で組み立てられているのです。

一方、クレオールの文法を「アフリカの言語がそのまま残ったもの」と単純化することもできません。接触した諸言語の特徴、話者が共通して認識しやすかった形、第二言語習得、共同体内部の革新が重なります。どの特徴が定着したかは、それぞれの地域史によって違います。

「簡単な文法」と「文法がない」は違う

言語学で、ある言語が語形変化をあまり使わないと説明することがあります。しかし語尾が少ないから文法がないわけではありません。英語もラテン語より格変化が少ない一方、語順や助動詞で関係を表します。

クレオールでも、時制・相・法を動詞の前の小さな語で表したり、連続動詞で出来事を組み立てたり、文末の要素で疑問や態度を示したりします。標準英語と同じ場所に同じ語尾がないだけで、意味を区別する規則はあります。

連続動詞構文は、こうした「英語とは別の出来事の組み立て方」を理解する入口です。複数の動詞を並べることは、省略や誤りではなく、言語によっては体系的な文法です。

ハワイの「Pidgin」は、実際にはクレオール

ハワイでは、19世紀以降の農園社会で、ハワイ語、英語、日本語、中国語、ポルトガル語、フィリピン諸語などの話者が接触しました。共通の意思疎通手段が発達し、それを子どもたちが第一言語として身につけるようになり、現在のハワイ・クレオール英語へつながりました。

ハワイ大学のSato Centerによれば、Hawaiʻi Creole Englishは地域で通常Pidginと呼ばれていますが、子どもが第一言語として獲得し、1920年代にはハワイの多数の人々が使う言語になっていました。

つまり、地域名としてのPidginと、言語学上の「母語話者を通常もたないピジン」は一致しません。話者自身が使う名称には歴史とアイデンティティがあります。研究者の分類だけを正解として、地域の呼び方を訂正すればよいわけでもありません。

ハワイのPidginは長く、学校や就職で「悪い英語」として扱われてきました。しかし家庭や地域では、親密さ、ユーモア、連帯を表す言語です。標準英語を学ぶ機会を保障することと、家庭の言語を恥じさせることは別問題です。

ハイチ・クレオールはフランス語の間違いではない

ハイチ・クレオールは語彙の多くをフランス語から受けていますが、独自の文法と綴りを持ち、ハイチ社会の大多数が使う言語です。フランス語をそのまま速く発音したものでも、フランス語学習の途中段階でもありません。

植民地期の奴隷制のもとで、西アフリカ・中央アフリカの多様な言語話者とフランス語話者が接触した歴史から形成されました。言語の成立を語るとき、「人々が便利だから混ぜた」という穏やかな説明だけでは、強制移動、暴力、権力格差を消してしまいます。

現在、クレオールを学校、司法、医療、災害情報で使えるかは、単なる言語学的分類ではなく、社会参加と命に関わる問題です。住民が日常で使う言語を公的領域から排除すれば、情報へのアクセスに格差が生まれます。

トク・ピシン――名前はPidginでも、社会全体を担う

パプアニューギニアのトク・ピシン(Tok Pisin)も、名称に「ピジン」の歴史を残しています。しかし現在は、多言語社会の共通語として放送、政治、宗教、都市生活など広い領域で使われ、第一言語とする人々もいます。

これは、ピジンとクレオールが固定された種類ではなく、社会の変化とともに機能を広げうることを示します。最初は限られた接触場面で生まれた言語でも、都市化、世代継承、メディア、教育によって、共同体の主要言語になります。

言語を現在の名前だけで分類すると、「Pidginと呼ばれるから不完全」と誤解します。見るべきなのは、誰が第一言語として使い、どの領域を担い、どんな規則を共有しているかです。

Singlishはクレオールなのか

シンガポールの口語英語、Singlishは、英語を基盤に、マレー語、福建語、広東語、北京語、タミル語などの影響を受けています。独自の語彙、談話標識、語順や省略の規則があり、シンガポール人の親密さとアイデンティティを表します。

Singlishを英語系クレオールと呼ぶ説明もあります。実際、シンガポール政府のSG101も、SinglishをEnglish-based creoleとして紹介しています。一方、研究上はColloquial Singapore Englishという連続体として捉える見方や、典型的な植民地クレオールと同じ分類に置くことへの議論もあります。

大切なのは分類ラベルだけではありません。Singlishには話者が共有する規則があり、相手、場面、親密さに応じて標準シンガポール英語と使い分けられます。無秩序な間違いの寄せ集めではありません。

なぜ「broken English」と呼ばれてきたのか

言語の評価は、構造の複雑さだけで決まりません。国家、学校、出版、試験、企業で使われる言語は「正しい」と見なされ、農園労働者、奴隷化された人々、移民、少数民族が使う言語は「壊れている」と見なされてきました。

もし文法の単純さだけが価値を決めるなら、格変化を大きく失った英語も「壊れた古英語」と呼ばれるはずです。しかし英語は国家と教育制度を持つため、変化は発達として語られます。同じ変化でも、誰が話すかによって「進化」と「崩壊」に分けられてきたのです。

これは言語と方言の違い、そして言語と社会・標準語・アイデンティティの問題と直結します。「言語か間違いか」を決める線には、権力が含まれています。

子どもは、本当に文法を作ったのか

クレオール研究では、子どもが不安定なピジンを母語として獲得する際、人間の言語能力によって体系的な文法へ拡張したという仮説が大きな影響を持ちました。言語の起源や生得的能力を考える材料としても注目されました。

しかし、現在は「子どもが一世代で文法を発明した」という物語だけでは説明できないと考えられています。大人の第二言語使用にも規則性があり、複数言語からの影響があり、共同体全体で表現が選択・共有されます。クレオール形成は、子どもだけでなく、多世代の社会的相互作用です。

人は言語をどう身につけるのかという問いから見ると、ここは非常に面白い地点です。個人が言語を学ぶだけでなく、多数の学習者の使い方が共同体の規範となり、次の世代にとっての「最初からある言語」へ変わるからです。

クレオールは、言語が生まれる瞬間を見せるのか

クレオールは、異なる言語の接触から比較的新しい共同体言語が形成された例として、言語の起源を考える際にも参照されます。ただし、人類最初の言語とクレオール形成は同じではありません。

クレオールを作った人々は、すでに複雑な母語を持っていました。語彙、意味、会話の方法、文法的な期待を持つ人々が、新しい社会で共通の規範を作ったのです。無言の人間がゼロから言語を発明したのではありません。

それでも、言語が完成品として誰かから与えられるのではなく、人々の繰り返すやり取りから共有規則が立ち上がる姿を見せてくれます。言語とは物ではなく、共同体が調整し続ける行為だということです。

しゅみすけ(大山俊輔)

クレオールの歴史を見ると、言語は「混ざると壊れる」のではなく、混ざり、選ばれ、繰り返されることで、新しい規則を持つ言語へ育つことが分かります。

英語学習者の間違いと、クレオールはどう違うのか

日本人が英語の三単現の-sを落とした一回の発話は、通常は学習上の誤りです。しかし、ある共同体で同じ形が世代を越えて一貫して使われ、意味の区別が別の方法で表されているなら、それは共同体文法の一部です。

違いは、標準英語と一致するかではなく、話者間で規則が共有され、安定しているかです。英語学習では標準英語を習得する目的があるため、試験や国際的な場面で通じやすい形を学ぶ価値があります。同時に、世界の英語をすべて標準英米語からの失敗として聞かない姿勢も必要です。

標準形を学ぶことと、別の共同体の言語を尊重することは両立します。シンガポール人が国際会議で標準英語を使い、友人とはSinglishを使うように、人は複数の規範を使い分けられます。

まとめ:クレオールは「壊れた親言語」ではなく、新しく育った言語

ピジンは、共通語を持たない人々が接触の必要から作る共有言語です。クレオールは、言語接触の歴史から生まれ、共同体の第一言語として生活全体を担うようになった言語です。ただし、すべてが単純な「ピジンからクレオール」という一本道を通るわけではありません。

語彙が英語やフランス語に似ていても、クレオールは独自の規則、歴史、表現力、話者のアイデンティティを持ちます。「broken English」という呼び方が壊しているのは言語ではなく、その言語を見る私たちの理解です。

言語とは何かへ戻れば、答えはさらに明確です。言語とは、古い純粋な形を守った単語帳ではありません。人々が意味を共有し、子どもが受け継ぎ、共同体が新しい出来事を語れる規則の体系です。その意味でクレオールは、不完全な言語ではなく、言語が社会の中で生まれ続けることを示す、完全な言語なのです。

続き:複数の言語を使う個人の内側と、コードスイッチングの規則については、バイリンガルの頭の中に言語は二つあるのかで掘り下げています。

この記事を書いた人
しゅみすけ(大山俊輔)

b わたしの英会話および英語コーチングGRIT/be:RIZE代表。米国MBA取得、外資系企業4社での勤務経験を持ち、これまで多くの大人の英語学習を支援。日本語と英語の処理構造の違いに着目した「英語OS」の考え方をもとに、独学で伸び悩む人の学び直しをサポートしています。

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