母語は忘れるのか?言語摩耗――消えるのではなくアクセスが変わる

母語への道が使用減少で細くなり、家族との会話と帰国で再び開く様子

母語は、忘れることがあります。ただし、成人がいったん十分に身につけた母語は、丸ごと消去されるというより、「すぐ取り出せない言語」へ変わることのほうが多い。言いたい単語が出ない。第二言語の語順が先に浮かぶ。久しぶりに帰国すると、自分の日本語が少し硬く感じられる。こうした変化は、第一言語摩耗(first language attrition)と呼ばれます。

重要なのは、「知識がなくなった」のか、「知識へのアクセスが遅くなった」のかを分けることです。成人の母語摩耗では後者が大きく、母語を再び使う環境に戻ると、短期間で流暢さが戻る例も少なくありません。一方、幼い子どもが母語環境から完全に切り離された場合は、理解や文法まで深く変わりえます。母語を忘れるかという問いは、年齢と環境を抜きには答えられません。

しゅみすけ(大山俊輔)

海外生活が長くなって、日本語の単語が出にくくなったからといって、日本語が頭から消えたとは限りません。よく歩いていた道に草が生え、入口を見つけるのに少し時間がかかる。その感覚に近いのです。

言語摩耗とは何か――病気でも、単なる物忘れでもない

言語摩耗とは、ある言語を使う機会や必要性が減ったとき、その言語の運用が変化する現象です。移住、国際結婚、留学、仕事環境の変化などで第二言語が生活の中心になると、母語が相対的に非優勢になります。研究上は、脳損傷による失語症、認知症、加齢に伴う一般的な語検索の遅れとは区別されます。

また、個人の中で母語が出にくくなる「言語摩耗」と、共同体が世代をまたいで別の言語へ移る「言語交替」は同じではありません。前者は一人の二言語使用のバランス、後者は学校・行政・雇用・差別など社会の力に関わります。ただし、親世代の母語使用が減れば、子どもへ届く量と領域も減るため、両者は接続しています。そこから先には、言語が「死ぬ」とはどういうことかという共同体規模の問題があります。

最初に揺れやすいのは、単語へのアクセス

母語摩耗のもっとも見えやすい徴候は語彙です。物の名前を言うまでの時間が長くなる、舌先まで来ているのに出ない、第二言語の単語を借りる、回りくどい説明で補う。これは語の意味を知らなくなったとは限りません。二つの言語が同時に活性化し、いま必要な一方を選ぶ競争に時間がかかっている可能性があります。

そもそも熟達したバイリンガルでも、単一言語話者より絵の命名がわずかに遅いことがあります。二言語を持つことの欠陥というより、使用頻度が二つの語彙へ分散し、選択と抑制が必要になるためです。バイリンガルの頭の中で見たように、言語は二つの密閉容器ではなく、相互に働くレパートリーです。

母語の使用減少からアクセス低下、第二言語の干渉、再使用による回復までを示す図

発音・語順・会話の作法も少しずつ動く

変化は単語だけではありません。第二言語の音声環境に長くいると、母語の母音や子音、リズムがわずかに寄り、「母語なのに外国語訛りがある」と評されることがあります。語順や代名詞の選び方、何を明示し何を省略するかにも第二言語の影響が現れます。

ただし、成人後に第二言語環境へ移った人の文法が大規模に崩れる例は一般的ではありません。影響は、文法規則そのものより、複数の言い方が競合する場面や、文法と文脈を同時に処理する場面に出やすいとされます。つまり母語は固定された完成品ではありませんが、少し影響を受けたことを「壊れた」と呼ぶ必要もないのです。言語と認知の関係については、言語は思考を決めるのかともつながります。

何年住んだかだけでは決まらない

母語摩耗を左右するのは、海外生活の年数だけではありません。日々どれほど母語を使うか、誰と何について話すか、読む・書く機会があるか、第二言語をいつ学び始めたかが絡みます。家族との短い雑談だけなら家庭語は保てても、仕事、行政、科学、ユーモアなど別の領域の語彙は細くなるかもしれません。

「母語を愛しているから摩耗しない」「母語を使わないのは愛着がない」とも言えません。移民が母語を避ける背景には、同化圧力や差別、過去の経験がありえます。逆に母語への思いが強くても、使う相手と場面がなければアクセスは鈍ります。言語と社会が示す通り、個人の言葉は社会条件の中で使われています。

幼少期の母語喪失は、成人と同じではない

ここが最大の注意点です。幼い時期に国際養子縁組や移住で母語入力が急に途絶え、生活が全面的に別言語へ切り替わると、母語の表出だけでなく理解も大きく低下することがあります。成人の摩耗を説明する「道が草に覆われた」という比喩だけでは足りません。道そのものがまだ建設途中だったからです。

それでも「痕跡が完全にゼロになる」と断定はできません。幼少期に接した音への感受性や、再学習の速さに経験の痕跡が現れる研究があります。とはいえ、幼児期の母語経験が自動的に成人期の会話能力として保存されるわけでもありません。人はどのように言語を獲得するのかで扱ったように、獲得には継続する入力と使用が必要です。

「忘れた」は一つの現象ではない

本人が「日本語を忘れた」と感じるとき、実際には複数の変化が重なっています。単語を知っているのに出てこない検索の遅れ、よく使う第二言語の表現が先に浮かぶ競合、話題に必要な語彙を長く更新していない領域差、そして相手や場面に合う話し方への切り替えの遅れです。会話中に一語詰まったことと、語の意味を理解できなくなったことは同じではありません。

起きていること 見え方 再接触したとき
検索の遅れ 知っている単語がすぐ出ない 比較的早く戻りやすい
言語間の競合 第二言語の語や語順が先に浮かぶ 使用環境で優勢度が変わる
領域の縮小 仕事・行政・専門分野だけ話しにくい その領域での使用を再開すると回復しやすい
知識の弱化 理解や文法判断にも不安が出る 年齢や入力断絶の時期によって差が大きい

この区別がないと、ちょっとした言いよどみまで「母語を失った」と解釈したり、反対に幼少期の深い喪失を「使えばすぐ戻る」と軽く見たりします。何が遅くなったのか、理解は保たれているか、どの領域で起きるかを見る必要があります。

二つの言語は、別々の引き出しに眠っているわけではない

バイリンガルが一方の言語を使うときも、もう一方が完全に停止するとは限りません。関連する語や音、表現の候補が同時に活性化し、その場に必要な言語を選ぶ制御が働きます。第二言語を毎日使う環境では、その言語を素早く選ぶ設定が強くなり、母語を抑える処理も繰り返されます。

その結果、母語の知識が消えていなくても、第二言語を退けて母語へ到達するまでに少し時間がかかります。混ざった表現やコードスイッチングも、二つの不完全な言語の証拠とは限りません。複数の資源を相手と場面に応じて選ぶ、バイリンガルな言語運用の一部です。詳しくはバイリンガルの頭の中に言語は二つあるのかで扱っています。

母語摩耗を「記憶からの削除」ではなく、活性化、競合、制御、使用領域の変化として見ると、帰国や再使用で急に言葉が戻る現象も理解しやすくなります。

帰国すると、なぜ急に戻るのか

長く出てこなかった母語が、帰国後の数日から数週間で滑らかになることがあります。これは、保存されていた知識へのアクセスが、環境の変化によって再調整されたと考えると理解しやすい現象です。看板、店員との会話、テレビ、家族の相づちまで、周囲のあらゆる手がかりが母語を先に活性化させます。

研究でも、母語への再接触によって処理上の摩耗や言語優勢が比較的速く変化することが示されています。したがって「use it or lose it(使わなければ失う)」は半分だけ正しい。より正確には、使わなければ、取り出す道が細くなる。使い直せば、その道は再び広がりうる、です。

しゅみすけ(大山俊輔)

久しぶりの帰国で、日本語の会話に一拍遅れることがあります。でも数日後には、冗談や相づちまで自然に戻ってくる。消えていたのではなく、第二言語が先に立ち上がる設定になっていたのでしょう。

英語を学ぶと、日本語が下手になるのか

通常の日本語環境で英語を学ぶだけで、日本語が消える心配はほぼありません。第二言語学習は母語にも影響しますが、それ自体は損傷ではなく、可塑的な言語システムが調整されている証拠です。英語らしい発想が先に浮かぶ、英語の音を練習した直後に日本語の発音が少し動く、といった短期的変化も起こりえます。

むしろ大切なのは、「母語話者なら常に一語で言えて当然」という純粋性の物差しを外すことです。何年も使っていない専門語が出ないのは、国内に住む単一言語話者にも起こります。母語性は一枚の免許証ではなく、領域ごとに厚みの違う経験です。「母語」と「現在もっとも得意な言語」が一致しない人もいます。

母語を維持するには、場面を増やす

維持の鍵は、単に単語帳を眺めることではなく、母語を使う領域を確保することです。

  • 会話の相手を複数持つ:家族だけでなく、友人や仕事仲間とも話す。
  • 読む・書く:ニュース、小説、日記、長文メッセージで会話外の語彙を使う。
  • 専門領域を母語でも更新する:仕事や学問を第二言語だけにしない。
  • 再接触を濃くする:帰国やオンラインの集まりで、母語が必要な時間をつくる。
  • 混ざることを責めない:コードスイッチを失敗扱いせず、必要な場面で言い換える。

家庭で子どもへ継承したい場合は、命令的に「母語だけ」と縛るより、その言語でしか得にくい人間関係、物語、遊び、知識をつくるほうが長く続きます。もし共同体規模で使用が弱っているなら、個人の努力だけに任せず、教育や公共空間を含めた言語復興の仕組みが必要です。

母語は、記憶ではなく「使われ方」まで含む

言語は、頭の中に保存された辞書だけではありません。誰に話すか、どの場面で使うか、どの言語が先に立ち上がるかを含む活動です。だから環境が変われば、母語も動きます。動くことは、失うことと同義ではありません。

成人の母語摩耗の多くは、知識の全面消失よりアクセスと優勢度の変化として現れます。幼少期の環境断絶では、より深い喪失が起こりえます。そしてどちらにも、年齢、使用、社会、アイデンティティが絡みます。母語は忘れるのか。答えは「場合によっては忘れる。しかし、忘却は一枚岩ではない」。言語とは、持っているものではなく、使うたびに道筋を変えるものなのです。

参考文献

言語全体の見取り図へ戻る方は、言語とは何か――意味・構造・コミュニケーションから考えるもあわせてどうぞ。

母語が非優勢になっても、その人は母語話者ではなくなるのでしょうか。続きは母語話者とは誰か――ネイティブを決める5つの軸で考えます。

この記事を書いた人
しゅみすけ(大山俊輔)

b わたしの英会話および英語コーチングGRIT/be:RIZE代表。米国MBA取得、外資系企業4社での勤務経験を持ち、これまで多くの大人の英語学習を支援。日本語と英語の処理構造の違いに着目した「英語OS」の考え方をもとに、独学で伸び悩む人の学び直しをサポートしています。

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