J.L.オースティンとは?「言葉は行為である」と発話行為論を解説

J.L.オースティンと、言葉が約束などの行為になる発話行為論を表すイラスト

「約束します」と言うとき、私たちは約束という事実を説明しているだけではありません。適切な場面で誠実に発すれば、その言葉によって約束を作ります。「謝ります」「命じます」「宣言します」も同様です。J.L.オースティンは、言語を世界の事実を述べる道具だけでなく、社会の中で行為を実行するものとして捉え直しました。

しゅみすけ(大山俊輔)

言葉は、情報を運ぶだけではありません。約束を生み、相手に依頼し、関係を変える。話すこと自体が行動になるんです。

J.L.オースティンとは

ジョン・ラングショー・オースティン(John Langshaw Austin、1911–1960)は、イギリスの哲学者です。オックスフォード大学で道徳哲学の教授を務め、日常言語哲学を代表する一人となりました。知識、知覚、真理、行為など幅広い問題を扱いましたが、後世への最大の影響の一つが発話行為論(speech act theory)です。

その中心は、1955年にハーバード大学で行ったウィリアム・ジェームズ講義です。オースティンの死後、講義録は1962年に『How to Do Things with Words』として刊行されました。タイトルどおり「言葉を使って、私たちは何をするのか」を問う研究です。

事実を述べる文と、行為をする文

哲学では長く、文の中心的な役割を、真か偽かを判定できる事実の記述として考える傾向がありました。オースティンは、すべての重要な発話がその型に収まるわけではないと指摘します。

  • It is raining.:雨が降っているという事実を述べる
  • I apologize.:謝罪という行為をする
  • I promise to call you.:電話するという約束をする
  • I name this ship Aurora.:適切な式典で船を命名する

初期の議論では、事実を記述する発話を事実確認的発話(constative)、発することが行為の遂行になる発話を行為遂行的発話(performative)として区別しました。

「言えば成立する」とは限らない

行為遂行的発話は、言葉を口にすれば自動的に成功する魔法ではありません。たとえば、権限のない参列者が結婚式で「二人を夫婦と宣言します」と言っても、通常は法的・制度的な宣言として成立しません。

発話行為が適切に成立するためには、認められた手続きがあり、適切な人物と状況で、手続きが正しく完全に行われるなどの条件が必要です。これらは一般に適切性条件・成功条件(felicity conditions)と呼ばれます。

  • その行為を成立させる慣習的な手続きがある
  • 人物と状況が手続きにふさわしい
  • 手続きが正しく、最後まで行われる
  • 必要な場合、参加者に相応の意図や感情がある
  • その後に求められる行動を行う

条件が欠ければ、発話は不発になったり、不誠実な遂行になったりします。約束する意思がないのに「約束します」と言う場合、約束の形式は成立しても、誠実さに欠けるという問題が生じます。

オースティンは単純な二分法を越えた

研究を進めるにつれ、オースティン自身は「事実を述べる文」と「行為をする文」を完全に分けることが難しいと考えるようになります。事実を述べることも、状況に応じて主張、報告、証言などの行為だからです。また、I promise のような明示的な動詞を使わなくても、約束や依頼はできます。

そこで成熟した発話行為論では、一つの発話に重なる複数の行為を区別します。

発話に重なる3つの行為

窓を閉めてくださいという発話の発語行為・発語内行為・発語媒介行為を示す図

1. 発語行為:意味のある言葉を発する

発語行為(locutionary act)は、一定の音・文法・意味を持つ表現を発する行為です。「窓を閉めてください」という日本語の文を、理解できる形で言うことがこれに当たります。

2. 発語内行為:言うことで依頼・約束・警告をする

発語内行為(illocutionary act)は、その言葉を言うことにおいて行う社会的・コミュニケーション上の行為です。同じ「窓を閉めてください」なら、相手への依頼や指示です。主張、質問、命令、約束、謝罪、警告なども発語内行為に当たります。

発話がどの行為として働くかを示す性質を発語内の力(illocutionary force)と呼びます。同じ内容でも、断定する、質問する、推測する、警告するでは力が異なります。

3. 発語媒介行為:言葉によって相手に効果を起こす

発語媒介行為(perlocutionary act)は、発話によって聞き手の考え・感情・行動に効果を与えることです。依頼を聞いた相手が窓を閉める、警告を聞いて怖くなる、説明を聞いて納得するなどが該当します。

発語内行為と発語媒介行為は区別が重要です。警告するという行為は遂行できても、相手が実際に警戒するとは限りません。前者は発話の力、後者はそこから生じる効果です。

同じ文でも行為は変わる

It’s cold in here. は文字どおりには「ここは寒い」という状態の記述です。しかし場面によって、次のような行為になり得ます。

  • 室温についての単純な報告
  • 窓を閉めてほしいという間接的な依頼
  • 暖房をつけるよう求める合図
  • 外套を着るよう促す助言

文法形式だけでは発話行為が一意に決まらず、誰が誰に、どの状況で、何の目的で言ったかが重要です。この視点は、前回のポール・グライスの会話の含意ともつながります。オースティンが「発話で何をするか」を問うのに対し、グライスは言葉どおりでない意図を聞き手がどう推論するかを詳しく考えました。

英語学習への示唆

  • 依頼:Can you pass the salt? を能力確認ではなく依頼として理解する
  • 約束:I’ll call you tomorrow. が予測か約束かを文脈から判断する
  • 謝罪:I’m sorry. が同情、謝罪、聞き返しのどれかを見分ける
  • 警告:Watch out! の目的が情報提示ではなく危険回避にあると捉える
  • 丁寧さ:同じ依頼でも、関係や場面に適した形式を選ぶ

しゅみすけ(大山俊輔)

英会話では「この文はどう訳す?」だけでなく、「この人は、この一言で何をしようとしている?」と考えてみましょう。実際のやり取りがずっと見えやすくなります。

サールによる発展

オースティンの議論は、教え子のジョン・サールによって体系化されました。サールは発語内行為の成立条件を詳しく整理し、主張、指示、約束、感情表現、宣言などの分類を提案しました。

ただし、現在よく紹介される五分類を、そのままオースティン本人の分類として扱うのは正確ではありません。オースティン自身も独自の分類を試みましたが、現代の教科書で広く使われる代表的な五分類は主にサールの仕事です。

評価と限界

発話行為論は、言語が制度、権限、義務、人間関係を作り変える力を持つことを明確にしました。語用論、談話研究、法哲学、文学理論、社会学、ジェンダー研究などへ幅広い影響を与えています。

一方、どの程度の慣習があれば特定の発語内行為が成立するのか、話し手の意図と聞き手の理解をどう位置づけるかには議論があります。発話行為の種類や成功条件を固定的な一覧にできるとも限りません。また、権限や制度を重視する分析が、文化・歴史・権力関係の違いを十分に扱えるかも検討が必要です。

さらに、発語行為・発語内行為・発語媒介行為は、現実の会話では明確に切り離せない場合があります。それでも、この三分法は、発話の内容、社会的な力、実際の効果を混同せず考えるための基本的な道具として残っています。

まとめ

J.L.オースティンは、言語を事実の記述だけでなく、約束、依頼、謝罪、宣言などを実行する行為として捉えました。一つの発話には、意味のある言葉を発する発語行為、言うことで社会的行為をする発語内行為、相手に効果を与える発語媒介行為が重なります。英文の意味を理解するには、何が述べられたかだけでなく、その発話によって何が行われたかを見ることが大切です。

参考資料

この記事を書いた人
しゅみすけ(大山俊輔)

b わたしの英会話および英語コーチングGRIT/be:RIZE代表。米国MBA取得、外資系企業4社での勤務経験を持ち、これまで多くの大人の英語学習を支援。日本語と英語の処理構造の違いに着目した「英語OS」の考え方をもとに、独学で伸び悩む人の学び直しをサポートしています。

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