
英語では、人について尋ねるときは who、物なら which。人は he / she / they、物は it――私たちは、これを単語ごとの決まりとして覚えがちです。
けれど、その奥にはもっと大きな仕組みがあります。それが、言語学でいう有生性(animacy)です。
有生性とは、単に「生きているか、死んでいるか」という生物学上の区別ではありません。話し手がある存在をどれほど人らしく、意志を持ち、会話の中心になりやすいものとして捉えるか。その文法上の“目立ちやすさ”です。
しゅみすけ(大山俊輔)
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有生性とは?世界の言語に見える「目立ちやすさ」の階段
世界の言語を比べると、有生性はおおむね次のような階層として現れます。

話し手・聞き手 > 人間 > 動物 > 具体物 > 抽象概念・物質
言語類型論のデータベース WALS では、さらに細かく「話し手 > 聞き手 > 三人称 > 親族名称 > その他の人間 > 高等動物 > 下等動物 > 数えられる無生物 > 数えにくい無生物」という階層が示されています。
大切なのは、これは絶対的な身分表ではないという点です。人間に近いほど、複数を示したり、目的語に特別な印を付けたり、文の中心に置いたりする可能性が高くなる――世界の言語に繰り返し現れる傾向なのです。
英語の who・which・it は有生性を映している
人には who、物には which――ただし境界は動く
関係代名詞では、一般に人を先行詞にすると who、物を先行詞にすると which を使います。
- The woman who called me is my teacher.
- The book which changed my life was very short.
この違いは、まさに有生性の反映です。英語の関係節を扱った研究でも、which は先行詞の有生性と対応する形式として分析されています。
ただし、英語は硬い二分法ではありません。that は人にも物にも使えます。また、名前を持つペットや物語の動物を一個の人格として扱えば、who が自然になることもあります。
- This is Max, the dog who saved the child.
- The dog that lives next door is friendly.
どちらが「生物学的に正しいか」ではなく、その犬を話し手が単なる種類の一例として見るか、個性ある登場人物として見るかが選択に影響します。
he・she・they と it の境目も、話し手の見方で変わる
人間には通常 he / she / they、物には it を使います。しかし、動物については性別が分からない、または個体として重視しないときに it、家族同然のペットなら he / she がよく使われます。
反対に、会社・国家・船・AIなど、生物ではないものが人間らしく語られることもあります。文法形式の選択は、その対象自体の性質だけでなく、話し手がその場でどう捉えたか――概念化にも左右されるのです。
英語では語順や所有表現にも有生性が顔を出す
有生性は代名詞だけの話ではありません。英語の文では、人間や動物のような有生性の高い名詞が、主語や情報の早い位置に現れやすい傾向があります。フランス語の語順研究でも、人間 > その他の生物 > 具体物 > 抽象物という階層が語順選択に関わることが報告されています。
所有を表す ‘s も、人間などの有生名詞と相性がよいとされます。
- Emma’s bag
- the dog’s tail
- the decision of the committee / the committee’s decision
ただし「無生物には ‘s を使えない」という規則ではありません。today’s news、the company’s future、the book’s cover は自然です。英語の所有格変異を調べた研究でも、有生性は重要な要因の一つですが、長さ・情報構造・慣用性など他の要因と一緒に働きます。
つまり有生性は、文法を一発で決めるスイッチではなく、複数の選択肢のうち一方を選びやすくする重力のようなものです。
日本語にも有生性はある――「いる」と「ある」
日本語で最も分かりやすい例は、存在を表す「いる」と「ある」です。
- 庭に猫がいる。
- 庭に椅子がある。
人や動物のように、自分で動き、意志を持つと捉えられる存在には「いる」。物には「ある」を使うのが基本です。英語の There is … はこの区別を動詞で示さないため、日本語話者にとっては「英語はそこを分けない」と見えます。
けれど日本語でも境界は揺れます。ロボット、ぬいぐるみ、キャラクター、亡くなった人、群れとしての生物をどう表すかは、話し手がそこに意志や人格を感じるかで変わり得ます。英語の it と he / she の揺れと、発想はよく似ています。
「一人・一匹・一羽・一個」といった助数詞も、人や動物や物を意味的に分類する日本語の仕組みです。有生性そのものと同一ではありませんが、世界をどんな種類に分けるかが文法に入り込む好例でしょう。
世界の言語では複数形や目的語の印まで変わる
有生性の影響が英語や日本語よりはっきり文法化された言語もあります。
複数形は有生性の高い名詞から現れやすい
WALSの調査では、複数を表す形式がすべての名詞に同じように付くとは限りません。ある言語で人間の名詞だけが複数形を持つ、あるいは有生性の高い名詞では複数表示が必須だが、低い名詞では任意になる、といった仕組みがあります。
話し手にとって「何人いるか」は重要でも、「水がいくつあるか」はそもそも数えにくい。この認知的な差が、複数形の文法にまで及ぶわけです。
目的語に印を付けるかも有生性で決まる
一部の言語では、人間や特定の相手が目的語になるときだけ、特別な格標識を付けます。これは示差的目的語標示と呼ばれます。目的語は典型的には物であるため、人間の目的語は「普通ではない目立つ目的語」として明示されやすいのです。
WALSの代名詞の格配列でも、人称・有生性・定性の階層が対格型と能格型の標示を制約することが示されています。これは以前扱った「主格・対格型と能格・絶対格型」にもつながる話です。
有生性を知ると、英語を「規則」ではなく「選択」として見られる
英語学習では、まず person = who、thing = which と覚えるのは有効です。ただ、実際の英語に触れると例外に見える表現が出てきます。
- ペットを who / he / she で呼ぶ
- 人にも物にも that を使う
- 会社や本など無生物にも ‘s を使う
- AIを it と呼ぶ人も、they と呼ぶ人もいる
これらは文法が壊れているのではありません。話し手が対象を、人格ある存在として近くに置いたり、反対に客観的な物として距離を置いたりしているのです。
しゅみすけ(大山俊輔)
まとめ:文法の中には、人間から見た世界の順序がある
有生性は、生物と無生物を二つに分けるだけの仕組みではありません。話し手と聞き手を頂点に、人間、動物、具体物、抽象概念へと続く連続的な階層です。
英語の who / which、he / she / they / it、所有格や語順。日本語の「いる/ある」や助数詞。世界の言語の複数形や目的語標示。離れて見える現象をつないでいるのが、この有生性です。
そして有生性が教えてくれるのは、文法が現実をそのまま写す鏡ではないということです。文法には、私たちが何を仲間と感じ、何を中心に置き、何に意志を認めるかが刻まれています。
英語と日本語の違いをさらに大きな構造から眺めたい方は、「日本語と英語はなぜこれほど違うのか」、主語の見え方については「主語優勢言語と主題優勢言語」もあわせてどうぞ。










