譲渡可能・譲渡不可能所有とは?英語のmy handと日本語の「手が痛い」

私の手と私の本を比較した所有表現のイラスト

my book は「私の本」、my hand は「私の手」。英語では、どちらも同じ所有格 my を使います。

けれど、本と手は本当に同じ意味で「私のもの」なのでしょうか。

本は売ったり、貸したり、捨てたりできます。持ち主が変わっても本は本です。一方、手は身体の一部であり、母親や兄弟は人間関係の中で初めて「母」「兄弟」になります。

言語学では、この違いを譲渡可能所有(alienable possession)譲渡不可能所有(inalienable possession)という視点から捉えます。

しゅみすけ(大山俊輔)

「所有」と聞くと、物を持っていることを想像しますよね。でも言語は、手・母・名前まで“所有関係”として扱います。ここから、世界の切り分け方が見えてきます。

譲渡可能所有と譲渡不可能所有とは?

まず、二つの典型的な違いを整理しましょう。

譲渡可能所有と譲渡不可能所有の違いを示す比較図

譲渡可能所有:持ち主が変わり得るもの

譲渡可能所有とは、所有者と所有物の結びつきが一時的で、切り離せる関係です。

  • 私の本
  • 彼女の車
  • あなたの服
  • 会社のパソコン

本や車は売買できますし、服は人に譲れます。所有者がいなくても、book、car、服という物の種類は成立します。

譲渡不可能所有:本質的に誰か・何かと結びつくもの

譲渡不可能所有の典型は、身体部位・親族関係・全体と部分の関係です。

  • 私の手、彼の顔
  • 私の母、彼女の兄
  • 木の枝、家の屋根
  • 人の名前、心、影

「母」は誰かの母であり、「枝」は何かの枝です。こうした名詞は、意味の中にすでに誰の・何のという関係を含んでいます。

WALSの所有接辞の調査でも、譲渡不可能所有の代表として身体部位と親族関係が挙げられています。ただし、どの名詞をどちらに分類するかは言語や文化によって異なります。

英語は二つを同じ形で表す

現代英語では、譲渡可能か譲渡不可能かによって所有格の形を変える必要はありません。

関係 英語 種類
my book 譲渡可能
her car 譲渡可能
my hand 譲渡不可能
her mother 譲渡不可能

英語はどちらにも my / your / his / her‘s を使います。所有論の研究でも、英語には譲渡可能・譲渡不可能の文法化された区別がないとされています。

ただし、区別が文法の表面にないからといって、意味上の差が消えたわけではありません。英語コーパスを調べた研究では、親族・身体部位を表す名詞は、carやtreeのような名詞より所有表現を伴いやすいことが報告されています。

英語話者にとっても、handmother は「誰の?」を呼び込みやすい名詞なのです。

英語は身体部位の所有者をはっきり言う

英語と日本語の差が見えやすいのが、身体部位を使った日常表現です。

  • I washed my hands.(手を洗いました)
  • She raised her hand.(彼女は手を挙げました)
  • My head hurts.(頭が痛いです)
  • He broke his leg.(彼は脚を骨折しました)

日本語では、主語や文脈から持ち主が分かれば「私の手」「彼女の手」と繰り返しません。むしろ「私は私の手を洗った」と言うと、特別な対比がない限り不自然です。

英語は節の中で主語を明示し、身体部位にも所有限定詞を置く傾向が強い。一方、日本語は談話の中心人物を一度決めると、身体部位の所有者を文脈から補います。

これは主語優勢言語と主題優勢言語の違いともつながります。

「私は手が痛い」は、所有をhaveで言っていない

日本語の「私は手が痛い」は、直訳すれば As for me, hand hurts. に近い構造です。

「私」は主題、「手」は痛い状態にある対象です。「私の手」という所有関係は、と文脈によって読み取られます。

英語では通常、次のように所有関係を名詞句の中へ入れます。

  • My hand hurts.
  • I have a pain in my hand.

ここには、両言語が情報をどこに置くかの違いがあります。

  • 英語:my hand という名詞句の中で所有者を示す
  • 日本語:私は、という談話の枠を作り、その中で「手が痛い」と述べる

同じ現実を見ても、英語は「所有された身体部位」を組み立て、日本語は「この人について言えば、身体部位がこういう状態だ」と組み立てやすいのです。

日本語の「母」と英語のmy mother

親族名称にも違いが見えます。

  • 母が来ます。
  • My mother is coming.

日本語の「母」は、通常、話し手自身の母を表します。誰の母かを言わなくても、語の選択と会話の立場から所有者が分かります。「お母さん」なら相手の母や、呼びかけとしての母を指すこともあります。

英語の mother は、多くの通常文脈で my mother / your mother / John’s mother のように所有者を伴います。親族名が関係を内包していても、誰との関係かを文法上の名詞句で示す傾向が強いのです。

もっとも、家族内の呼びかけや固有名詞的な用法なら Mom is home. のように所有格なしでも使えます。英語が常に所有者を要求するわけではありません。

世界には「持ち主なしで言えない名詞」がある

英語や日本語では「手」「母」という名詞だけを辞書形として言えます。しかし世界には、身体部位や親族名称を、所有者なしでは通常表せない言語があります。

WALSの「義務的所有屈折」は、このような名詞を義務的に所有される名詞として調査しています。

たとえば、ある言語では「角」に相当する語が、単独の自由な名詞ではなく、「彼の角」「私の角」のような所有者を示す形で初めて現れます。身体部位や親族関係が、語彙の段階から誰かとの関係として作られているのです。

別の言語では、同じ「私の」でも形が二種類あります。

  • 私の手――譲渡不可能用の短い接辞
  • 私の本――譲渡可能用の独立した所有表現

さらに、所有者と名詞の語順まで二種類で変わる言語もあります。WALSの所有分類が注意するように、これは単純な論理分類ではなく、各言語が名詞ごとに持つ語彙的な分類です。

「譲渡不可能」は、本当に譲渡できないという意味ではない

用語には注意が必要です。譲渡不可能所有は、法律上絶対に渡せないという意味ではありません。

髪は切って渡せますし、臓器移植もあります。養子縁組や婚姻によって親族関係が変わることもあります。それでも身体部位や親族は、言語の中で譲渡不可能の典型として扱われます。

重要なのは、物理的に切り離せるかではなく、その名詞を理解するときに、ある全体・人物・関係相手を自然に想定するかです。

さらに文化によって、土地、家畜、道具、夢、言語、名前などが譲渡不可能の側に入ることがあります。Q’eqchi’マヤ語の研究では、腕・脚・父母・心・名前などが、人間に本質的に属するものとして論じられています。

文法は、所有権の法律ではなく、その文化が人と世界の関係をどう捉えてきたかを映しています。

所有は「持つ」だけではない

日本語の「持つ」や英語の have は、物理的所有を越えて広がります。

  • I have two sisters.(姉妹が二人います)
  • She has blue eyes.(彼女は青い目をしています)
  • The house has three windows.(その家には窓が三つあります)
  • We have a problem.(問題があります)

姉妹や目や窓は、鞄の中の本のように所有しているわけではありません。have は、ある人・物を中心にして、そこに属する関係や特徴を配置する動詞です。

世界の言語には、英語のような「XがYを持つ」という構造だけでなく、「XのところにYがある」「XにYがある」「YがXと共にある」など、多様な所有表現があります。WALSの叙述所有の類型は、所有を表す代表的な構文が少なくとも複数あることを示しています。

しゅみすけ(大山俊輔)

haveを「持っている」とだけ覚えると、have blue eyesやhave a sisterが不思議になります。「自分を中心に関係づける」と見ると、所有表現全体がつながります。

英語学習では「誰の身体か」を早めに決める

日本語話者が英語を話すときは、身体部位や親族名の前で一度「誰の?」を確認すると自然になります。

日本語 自然な英語
手を洗いました I washed my hands.
頭が痛いです My head hurts.
彼は脚を折りました He broke his leg.
母が電話しました My mother called.
目がきれいですね You have beautiful eyes.

日本語では省略されている所有者を、英語では代名詞として回収する。この習慣は、冠詞や主語を補う練習とも共通しています。

まとめ:「私の手」と「私の本」の間に、言語の世界観がある

譲渡可能所有は、本・車・服のように持ち主が変わり得る関係。譲渡不可能所有は、身体部位・親族・全体と部分のように、本質的な結びつきを持つ関係です。

英語と日本語は、この二つを名詞の形で体系的に区別する言語ではありません。それでも英語は my hand のように所有者を名詞句の中で明示し、日本語は「手が痛い」のように主題と文脈から所有者を読み取る傾向があります。

そして世界には、身体部位や親族名を所有者なしでは言えなかったり、所有の種類ごとに別の文法を使ったりする言語があります。

「英語とは?」を突き詰めることは、単語の意味を調べるだけではありません。英語が人・物・身体・家族を、どんな関係として文の中に配置するのかを見ることです。

名詞がどのように世界を分類するかに興味がある方は、「孤立語・膠着語・屈折語とは?」、人と物の文法上の違いについては「有生性とは?」もあわせてどうぞ。

この記事を書いた人
しゅみすけ(大山俊輔)

b わたしの英会話および英語コーチングGRIT/be:RIZE代表。米国MBA取得、外資系企業4社での勤務経験を持ち、これまで多くの大人の英語学習を支援。日本語と英語の処理構造の違いに着目した「英語OS」の考え方をもとに、独学で伸び悩む人の学び直しをサポートしています。

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