人工言語は言語なのか?設計された規則が共同体のことばになるまで

設計された人工言語が共同体のことばへ育つ過程

人工言語は、本当に言語なのでしょうか。

結論からいえば、人間が設計した言語も、人が意味を伝え、対話し、共同体のなかで使うなら言語です。自然に生まれたか、誰かが意図して作ったかだけで、言語かどうかが決まるわけではありません。

ただし、設計図に語彙と文法を書いただけで、すぐ「生きた言語」になるわけでもありません。人々が実際に使い、言い間違え、冗談をつくり、新語を足し、設計者の想定外の意味を生み始める。そのとき、人工言語は作品や規則集を越えて、共同体のことばになります。

この問いは、言語とは何かを別方向から試します。手話の記事では「音声がなくても言語」、文字の記事では「文字がなくても言語」と確認しました。今回は「自然発生でなくても言語なのか」を考えます。

言語は誰かが作った瞬間に完成するのではなく、他人が使い始めた瞬間から、作った人にも制御できないものになっていきます。そこが人工言語の一番面白いところです。

しゅみすけ(大山俊輔)

人工言語とは何か

人工言語、あるいは計画言語・創作言語とは、特定の目的をもって意識的に設計された言語です。英語や日本語のように、長い時間のなかで多数の話者の使用から形成された自然言語と対比されます。

人工言語を作る目的は一つではありません。

  • 国際補助語:異なる母語の人が比較的公平に交流するため。エスペラントなど。
  • 架空世界の言語:物語世界の文化や歴史を具体化するため。
  • 論理・哲学のための言語:曖昧さを減らし、概念を整理するため。
  • 実験のための言語:言語の仕組みや学習可能性を試すため。
  • 個人的な創作:音、文字、文法を設計する表現活動として。

英語を制限して運用するオグデンのBasic Englishも設計思想をもちますが、独立した新言語というより、既存の標準英語を850語の核で扱う体系です。人工言語と、自然言語を簡略化・標準化した仕組みは区別したほうがよいでしょう。

エスペラントは「作られたが、生きている」

代表的な人工言語がエスペラントです。ルドヴィコ・ザメンホフが、異なる言語共同体の人々が比較的学びやすく交流できる国際補助語を目指し、1887年に公表しました。

語彙はヨーロッパ諸語の影響を強く受け、文法は規則性を重視しています。しかし、現在のエスペラントはザメンホフの原稿だけに存在する仕組みではありません。世界各地に話者がいて、集会、文学、音楽、放送、インターネット上の会話があります。世界エスペラント協会の案内にも、継続的な国際交流と文化活動が紹介されています。

さらに、家庭内でエスペラントに接し、幼少期から話す人もいます。設計された言語が、次の世代に獲得される言語へ移る。ここまで来ると、「人工」という語は起源を説明していても、現在の使われ方を十分には説明しません。

誰かが設計しても、話者が使えば変化する

設計者は、文法を例外なく整え、単語の意味を明確に決めたいと考えるかもしれません。しかし、言語は他者に使われると変わります。

頻繁な表現は短くなり、比喩が生まれ、冗談や皮肉が加わり、似た語の使い分けが発達します。地域や集団による好みも生まれます。新しい技術や社会現象には、新語が必要です。

これは失敗ではありません。むしろ言語が社会のなかで生きている証拠です。設計者の権威より、共同体の実際の使用が強くなったとき、人工言語は自然言語に似た歴史をもち始めます。

架空言語はどこまで作れば言語になるのか

映画や小説のなかには、挨拶や呪文を数語だけ作ったものもあれば、音韻、語形成、統語、歴史的変化まで設計された言語もあります。

J.R.R.トールキンの創作言語群は、物語の装飾として単語を並べただけではありません。言語同士の系統関係や音変化まで設定し、その言語を話す民族の歴史と結びつけました。クリンゴン語やドスラク語なども、作品外で学習者が文を作り、会話や翻訳を試みる段階へ広がっています。

では、語が十個なら言語ではなく、一万語なら言語なのでしょうか。明確な本数の境界はありません。重要なのは、有限の語句を暗記するだけでなく、規則を使ってまだ誰も言ったことのない文を作れるかです。

「こんにちは」「攻撃せよ」だけなら台詞集に近い。しかし、昨日の出来事、仮定、否定、感情、冗談を新しく表せるなら、言語としての生成力を備えています。

人工言語にも音韻・語彙・文法・語用論が必要

使える人工言語を作るには、単語帳だけでは足りません。

  • 音韻:どの音や手の形を区別し、どう並べられるか。
  • 語彙:世界をどの単位に切り分けるか。
  • 形態論:複数、時制、格、派生などをどう表すか。
  • 統語論:語をどの順番・関係で組み立てるか。
  • 語用論:丁寧さ、含意、皮肉、話者交替をどう扱うか。
  • 文化的前提:何を直接言い、何を察し、何を失礼とするか。

特に難しいのが語用論です。文法的に正しい文を作れても、いつ使えば自然なのかは、共同体の生活のなかで育ちます。言語とコミュニケーションは、辞書と文法だけでは完結しないからです。

自然言語・人工言語・形式言語の違いを比較した図

人工言語は自然言語より合理的なのか

人工言語は、不規則変化や例外を減らし、綴りと発音を対応させ、文法を学びやすく設計できます。その意味では、歴史的な継ぎはぎを抱える自然言語より合理的に見えます。

しかし、合理性は目的によって変わります。規則が少ないことは初心者に有利でも、微妙なニュアンスを短く表すためには新たな慣習が必要になります。世界の全話者に中立な語彙や音を選ぶことも簡単ではありません。ある人に覚えやすい音や語根が、別の言語背景の人にも同じように簡単とは限りません。

そして人が使い続ければ、省略、慣用表現、多義性が生まれます。曖昧さは欠陥だけではなく、状況に合わせ、少ない言葉で多くを伝える柔軟性でもあります。

プログラミング言語は、人間の言語なのか

プログラミング言語にも、語彙、構文、意味規則があります。そのため「言語」と呼ばれます。しかし、人間同士が日常的な意味を交渉する自然言語や人工言語とは、目的が違います。

プログラムは、機械に処理を実行させるため、可能な限り解釈を一意にします。括弧や記号が一つ違えばエラーになります。自然言語では、「ちょっと寒いね」が温度の報告にも、窓を閉めてほしい依頼にもなります。曖昧さと文脈依存を使って、人間同士が意図を調整します。

IETFの用語整理でも、人間が話す・書く・手話する言語と、コンピューター言語は区別されています。形式言語は「言語」という数学的・技術的な広い概念には入りますが、人間の自然言語と同じ種類ではありません。

論理的に完璧な言語は作れるのか

人工言語の歴史には、言葉の曖昧さを除けば、誤解や争いも減らせるのではないかという夢があります。概念を分類し、語の意味を一つにし、文の論理構造を透明にする試みです。

しかし、誤解の原因は文法の不完全さだけではありません。同じ語を知っていても、経験、利害、前提、感情が違えば解釈はずれます。意味は記号の内部に固定されるだけでなく、話者と状況の関係で作られます。これは意味とは何かの問題です。

人工言語は曖昧さを整理できますが、人間の世界そのものから曖昧さを消すことはできません。むしろ、どこまでを規則で決め、どこからを共同体の判断に委ねるかが設計の核心になります。

母語話者が生まれたら、自然言語になるのか

幼い子どもが人工言語を家庭内で獲得すると、その子にとっては自然に身につけた第一言語です。起源は計画的でも、獲得の過程は自然です。

子どもは入力をそのまま複写するだけではなく、規則を推測し、表現を一般化します。複数の話者や世代へ渡るほど、当初の設計にはなかった規則や変異が生まれうるでしょう。

「人工言語」と「自然言語」は、完全に排他的な箱ではありません。何から始まったかを示す軸と、いま誰がどう使っているかを示す軸を分けたほうが実態に合います。

自然言語も、辞書、学校、放送、法律によって人為的に整えられています。人工と自然の境界は、思っているほど一直線ではないんですよね。

しゅみすけ(大山俊輔)

英語も「完全に自然のまま」ではない

英語は人工言語ではありません。しかし、綴り、標準文法、辞書、教育課程、公用語政策は、人が意図的に選び、整備してきました。前回の文字は言語なのかで見たように、書かれ、印刷され、教えられることで、特定の形が標準になります。

新語を作る、専門用語を定義する、差別的な表現を言い換える、やさしい英語に書き換える。自然言語の内部でも、人は日々小さな言語設計をしています。

人工言語は、自然言語と正反対の異物ではありません。自然言語に普段から働いている「人が言葉を意識的に変える力」を、最初から前面に出した存在ともいえます。

人工言語が教えてくれる、言語の成立条件

人工言語を見ると、語彙と文法だけでは言語の全体にならないことが分かります。必要なのは、それを使って何かを言おうとする人、相手の意図を読み取る人、表現を繰り返しながら慣習を作る共同体です。

設計者は出発点を作れます。しかし、意味のすべてを最後まで決めることはできません。言語は、共有された規則であると同時に、使用のたびに少しずつ作り直される出来事だからです。

だから人工言語は言語なのかという問いへの答えは、「人工だから違う」ではありません。人がそれで世界を分け、考え、対話し、関係を築き始めたなら、それは言語になる。そして生き始めた言語は、もう設計者一人の所有物ではないのです。

よくある疑問

エスペラントは世界共通語ですか?

国際補助語として設計され、世界各地に話者がいますが、世界中の人が共通して話す言語ではありません。また、各人の母語を置き換えることを目的としたものでもありません。

架空言語は単語を覚えれば話せますか?

語彙だけでなく、音の組み合わせ、語形変化、語順、文脈上の使い方が必要です。作品中の数語だけなら、自由に新しい文を作れる言語体系とは限りません。

プログラミング言語も自然言語の仲間ですか?

広い意味では規則をもつ形式言語ですが、人間同士が文脈と曖昧さを使って対話する自然言語とは目的と性質が異なります。

完全に曖昧さのない人間言語は作れますか?

特定の領域では曖昧さを減らせますが、日常の意味は状況、関係、経験に依存します。人間の対話すべてから曖昧さをなくすことは困難です。

この記事を書いた人
しゅみすけ(大山俊輔)

b わたしの英会話および英語コーチングGRIT/be:RIZE代表。米国MBA取得、外資系企業4社での勤務経験を持ち、これまで多くの大人の英語学習を支援。日本語と英語の処理構造の違いに着目した「英語OS」の考え方をもとに、独学で伸び悩む人の学び直しをサポートしています。

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