
韓国語は語順が似ているのに、英語は文を組み立てるところから難しく感じる――。この差を考える手がかりが言語間距離(linguistic distance)です。簡単にいえば、二つの言語が音・文法・語彙などの面でどのくらい似ているか、または離れているかを表す考え方です。
ただし、世界の言語を一本の物差しで並べた絶対的な「距離」があるわけではありません。誰の母語から見るか、どの能力を比べるかによって距離は変わるからです。本記事では、日本語話者から見た英語との距離を中心に、学習の難しさへどう関係するのかを解説します。
- 言語間距離の意味と、語族との違い
- 距離を作る音・文法・語彙・文字・語用の違い
- 日本語話者に英語が遠く感じられる理由
- 距離を弱点ではなく学習設計に生かす方法
Contents
言語間距離とは?
言語間距離とは、二つの言語の構造や使い方にどれほど共通点・相違点があるかを捉える概念です。距離が近い言語同士では、母語の知識を新しい言語へ移しやすい傾向があります。距離が遠ければ、母語にない区別や習慣を新しく身につける必要が増えます。
| 見る面 | 主な比較点 | 学習への影響 |
|---|---|---|
| 音 | 母音・子音、音節、アクセント | 聞き分け、発音、語の切れ目 |
| 文法 | 語順、活用、冠詞、数、主語 | 文の組み立てと瞬発力 |
| 語彙 | 同源語、借用語、意味範囲 | 単語の推測と記憶 |
| 文字 | 表記体系、綴りと音の対応 | 読み書きの初期負担 |
| 語用 | 省略、丁寧さ、含意、会話運営 | 自然さと誤解の起こり方 |
研究では、語彙の似方、系統関係、学習者の到達度などを代理指標にして距離を数値化することがあります。しかし、何を測るかで値が変わるため、単一の数字を「言語の難易度そのもの」と考えるのは適切ではありません。
言語間距離と語族は同じではない
語族は共通の祖先から分かれたという歴史的な系統を示します。一方、言語間距離は、現在の言語を比べたときの似ている度合いを扱います。
親戚関係にある言語は似やすいものの、長い歴史の中で大きく変化することもあります。逆に、系統が異なる言語でも、接触や借用、偶然、共通する構造によって一部が似ることがあります。つまり「同じ語族だから必ず簡単」「別の語族だから全部が難しい」とは限りません。

言語の距離は、地図上の距離とは別物やで。イギリスとフランスは近いけど英語とフランス語は同じ語派ではないし、日本と韓国が近いから文法が似た、と一言で決めることもできへん。歴史と現在の構造を分けて見るのがコツです。
言語の距離を作る5つの要素

1.音の距離
日本語は母音で終わる音節が多く、子音が連続する場面は限られます。英語では spring や texts のように子音が続き、/r/と/l/、/θ/と/s/など日本語で同じ対立を使わない音もあります。そのため、知っている単語でも音声では認識できないことがあります。
音の距離は、発音の「上手・下手」よりも、まず母語で同じ箱に入れていた音を、新しい箱へ分け直す必要として現れます。
2.文法の距離
日本語は基本的にSOV型で、助詞が語の役割を示し、文脈から分かる主語を省略できます。英語はSVO型で、語順が文法関係を強く担い、原則として主語を置きます。さらに冠詞、単数・複数、三単現など、日本語では毎回形にしない情報を英語では表す必要があります。
| 日本語で自然な処理 | 英語で必要になる処理 |
|---|---|
| 昨日、買った。 | I bought it yesterday. |
| 犬が好き。 | I like dogs. |
| 本を読んだ。 | I read a / the book. |
| 駅で友達に会った。 | I met my friend at the station. |
この構造差については、日本語と英語がなぜ違うのか、英語で主語が必要な理由でも詳しく扱っています。
3.語彙の距離
英語とフランス語、英語とドイツ語の間には、形や意味から推測しやすい語が多数あります。日本語にも「ニュース」「ホテル」「コンピューター」のような英語由来の外来語がありますが、発音や意味が変化した語もあり、そのまま英語として使えるとは限りません。
たとえば mansion は英語では「大邸宅」で、日本語の「マンション」と意味がずれます。母語との近さは助けになる一方、似ているからこその誤解も生みます。
4.文字の距離
日本語は漢字・ひらがな・カタカナを組み合わせ、英語はラテン文字を使います。アルファベット自体は早く覚えられても、英語は綴りと発音が一対一ではありません。文字数の少なさと、読みの簡単さは別問題です。
5.語用・文化的慣習の距離
依頼、断り、意見の出し方、会話で何を省略できるかも異なります。ただし、ここは「日本人は曖昧、英語話者は直接的」のような固定観念で扱えません。関係性、職業、場面、個人差によって言い方は変わります。言語の構造差と文化差は重なりますが、同じものではありません。
日本語と英語の距離はなぜ大きく感じられる?
日本語と英語は系統関係が確認されておらず、基本語順、音節構造、冠詞、数、主語の扱いなど複数の面で差があります。一つだけなら適応しやすくても、会話ではこれらを同時に処理するため、初期には距離が大きく感じられます。
一方、日本語話者にとって韓国語は、系統関係について結論が出ていなくても、SOV語順、助詞、敬語など現在の構造に共通点があります。詳しくは日本語と韓国語は同じ語族なのかをご覧ください。
ここで重要なのは、距離は才能の差ではないことです。母語の自動処理をそのまま使える範囲が少ないため、初期の学習量が増えるという話です。学習を続けると英語の処理自体が自動化され、体感距離は縮まります。
言語間距離は学習時間を決める?
一般に、母語と近い言語ほど学びやすい傾向はあります。しかし、必要な時間は距離だけでは決まりません。
- 目標が旅行会話か、専門的な読み書きか
- 接触時間とインプットの質
- 学習経験、年齢、動機、使用機会
- 発音・語彙・文法のどれを到達基準にするか
- 社会環境や、すでに知っている他言語
よく引用される米国務省の語学難易度も、英語母語の外交官が一定の職務レベルを目指す訓練を基準にしたものです。日本語母語話者が英語を学ぶ時間へ、その数字をそのまま逆向きに当てはめることはできません。
距離を英語学習に生かす4つの方法
1.日本語との違いを「エラー一覧」ではなく設計図にする
冠詞を忘れた、主語を落とした、と毎回反省するだけでは負担が増えます。「英語は名詞の輪郭を示す」「英語は主語と動詞で骨格を先に作る」と、複数のミスを生む一つの構造として理解します。
2.遠い部分ほど短い型で自動化する
I think …、There is …、Could you …? のような短い型を、意味のある場面と一緒に繰り返します。母語にない処理は、説明を知るだけでなく、取り出す練習が必要です。
3.近い部分は積極的に利用する
英語由来の外来語、国際的な専門語、すでに知っている話題は語彙学習の足場になります。ただし発音と意味のずれを確認し、「知っているつもり」を調整します。
4.技能ごとに距離を測り直す
読むのは得意でも聞くのが難しいなら、問題は言語全体ではなく音の距離にあります。話すと語順が崩れるなら、短いSVOの組み立てを優先します。「英語は遠い」で止めず、どの面が遠いかを分解すると練習が具体的になります。

距離があるから無理、ではなく「橋を何本かける必要があるか」が見えるんや。音の橋、語順の橋、冠詞の橋。一本ずつなら、ちゃんと渡れます。
よくある質問
Q.日本語に一番近い言語は何ですか?
日本語と琉球諸語は日本語族(日本・琉球語族)にまとめられ、明確な系統関係があります。標準日本語から見た個別言語の「近さ」は、語彙・音・文法など基準によって変わります。韓国語とは構造上の類似がありますが、同じ語族だと確定しているわけではありません。
Q.英語と日本語は最も遠い言語同士ですか?
そう断定できません。言語間距離には唯一の尺度がなく、世界中の全言語を同じ精度で比較した絶対ランキングもありません。日本語話者にとって英語は多くの面で差が大きいものの、外来語や豊富な学習資源など、学びやすくする要因もあります。
Q.距離が近ければ間違えませんか?
いいえ。似た言語同士では学習が速く進みやすい反面、似た語の意味のずれや、微妙な文法差を母語のまま使う負の転移も起こります。詳しくは言語転移とは何かをご覧ください。
まとめ:言語間距離は「難しさの宣告」ではなく学習の地図
言語間距離は、二つの言語の音・文法・語彙・文字・語用がどれほど似ているかを捉える考え方です。日本語と英語には複数の構造差があるため、英語学習の初期負担は大きくなりやすいでしょう。
- 距離は母語と比較項目によって変わる
- 語族は歴史的系統、言語間距離は現在の類似度を扱う
- 距離は学習難易度の一因だが、唯一の決定要因ではない
- 遠い部分を分解すれば、練習すべき橋が見える
「英語は自分に向いていない」と考える代わりに、「日本語と違う処理を、どこで新しく作っているのか」と見てみましょう。距離が見えるほど、学習方法は具体的になります。
参考文献
- Chiswick, B. R. & Miller, P. W. (2005). Linguistic Distance: A Quantitative Measure of the Distance Between English and Other Languages. Journal of Multilingual and Multicultural Development, 26(1), 1–11.
- Wichmann, S. (2015). Diversity and Comparison. Linguistic Typology, 19(1), 1–35.
- Odlin, T. (1989). Language Transfer: Cross-Linguistic Influence in Language Learning. Cambridge University Press.
- U.S. Department of State, Foreign Service Institute. Foreign Language Training.
語族・言語類型・日本語との比較・言語間距離の全体像は、「世界の言語と英語」総合ガイドで整理しています。









