鈴木孝夫とは?『ことばと文化』が示した日本語・英語と世界の見方

鈴木孝夫と英語、ことばは世界をどう切り分けるかを表すイラスト

英語の単語を日本語に置き換えれば、世界はそのまま伝わる——。私たちはつい、そんなふうに考えがちです。

けれども言語学者・鈴木孝夫は、言葉は同じ世界に貼られた別々のラベルではない、と考えました。言語が違えば、何をひとまとまりと見なし、どこに境界線を引き、何をわざわざ言葉にするのかも変わります。

この視点は、英語学習を「日本語を英単語へ交換する作業」から、「相手と違う世界の分け方を理解し、自分の文化や考えを説明する営み」へ変えてくれます。

しゅみすけ(大山俊輔)

英語にぴったり同じ日本語が見つからん時、それは語彙力不足とは限らへんで。そもそも二つの言語が、世界に引いている境界線が違うこともあるんや。

鈴木孝夫とは?

鈴木孝夫(1926〜2021)は、慶應義塾大学で学び、同大学教授を務めた言語社会学者です。専門的な研究だけでなく、一般の読者に向けて、日本語・英語・文化・国際社会の関係を平明に語り続けました。

代表作には、1973年刊行の『ことばと文化』、日本語が置かれてきた歴史的・国際的状況を論じた『閉された言語・日本語の世界』などがあります。鈴木の関心は、文法の正誤だけではありません。「人間は言語を通して世界をどう捉えるのか」「日本語を母語とする人は、国際社会で何をどう伝えるべきか」という大きな問題に向けられていました。

『ことばと文化』が示したもの

言葉は世界をそのまま写す鏡ではない

目の前の現実が先に細かく区切られていて、各言語がそれぞれ名前を付ける——というだけではありません。どの違いを重要とみなし、どこまでを同じ種類として扱うかは、言語ごとに異なります。

たとえば英語では、座るための家具を chairarmchairbenchstoolsofa などに分けます。一方、日本語でも「椅子」「長椅子」「腰掛け」「ソファ」と区別できますが、日常でどの語を基本にするか、境界をどこに置くかは完全には一致しません。

反対に、日本語は稲作との関係のなかで「稲」「もみ」「米」「ごはん」のように、植物・収穫物・食材・調理後の状態を日常語で細かく言い分けます。英語でも説明はできますが、一語ずつきれいに対応するわけではありません。

英語と日本語では世界の分類の仕方が異なることを示す図解

大切なのは「どちらの言語が優れているか」ではなく、生活・文化・歴史のなかで必要とされてきた区別が違うことです。

翻訳できないのではなく、説明の仕方が違う

一対一の訳語がないからといって、その内容を外国語で伝えられないわけではありません。必要なら、短い説明を添えればよいのです。

たとえば「もったいない」を一語で置換しようとすると迷います。しかし、状況に応じて It would be a waste.We shouldn’t throw it away.It’s too good not to use. などと言い分ければ、意味は伝えられます。

この発想に立つと、英作文で「正解の日本語訳」に縛られにくくなります。先に伝えたい状況をほどき、それを相手に分かる英語で組み直せばよいからです。

『閉された言語・日本語の世界』と国際発信

鈴木は、日本語を単純に「特殊で翻訳不能な言語」と持ち上げたのではありません。日本語が長く、国内で高度な知識や文化を蓄え、外国の情報を日本語へ取り込む方向に強く働いてきた一方、自分たちの考えを外国語で外へ説明する圧力は相対的に弱かった、と問題を提起しました。

ここでいう「閉された」は、日本語そのものに欠陥があるという意味ではありません。日本語だけで多くのことができる豊かさが、外へ説明する必要性を見えにくくしてきた、という逆説です。

情報を受け取るための英語だけでなく、日本の経験・立場・文化を伝えるための英語が要る。これは、英語を単なる試験科目として見る発想とは大きく異なります。

英語を学ぶのは「英米人になるため」ではない

鈴木の英語観で、とりわけ現代的なのがこの点です。英語を学ぶ目的は、母語や文化的背景を捨てて英米人のようになることではありません。自分の考えを、異なる背景を持つ人へ届けるために英語を使うのです。

現在、英語は母語話者同士だけの言語ではありません。国際的な仕事や交流では、英語を第二言語として使う人同士の会話も非常に多くあります。そこで重要になるのは、特定地域の発音を完全に模倣することより、相手に理解できる明瞭さ、背景を補う説明、誤解を確かめる姿勢です。

しゅみすけ(大山俊輔)

日本語らしい発想が残っていてもええねん。ただし、直訳のまま投げるんやなくて、相手が理解できる文脈を足す。これが「自分を失わずに伝える英語」やな。

鈴木孝夫の英語観を学習に生かす4つの方法

1.単語ではなく「分類の境界」を比べる

新しい語を覚えるときは日本語訳だけで終えず、「何を含み、何を含まないか」を例文で確かめます。house と「家」、mind と「心」のように、重なる部分とずれる部分を意識すると、語感が育ちます。

2.日本語の一語を、短い英語で説明する

「お疲れさま」「よろしくお願いします」「懐かしい」などを、万能な一語に置き換えようとせず、誰が誰に、どんな場面で、何を伝えたいのかに分解しましょう。説明する練習そのものが、実用的な英語力になります。

3.発音の完璧さより、通じ方を点検する

アクセントを磨くことは有益ですが、目的は模倣ではなく理解です。短く区切る、重要語を強く言う、別の表現で言い直す、相手の理解を確認する。こうした技術は国際的な英語で大きな力を発揮します。

4.自分の文化を英語で語る題材を持つ

海外の話題を英語で受け取るだけでなく、自分の仕事、地域、食文化、習慣、社会課題を説明する練習をします。「相手は何を知らないか」を想像して背景を足すことが、鈴木のいう外へ向かう英語につながります。

功績と、読むときに注意したい限界

鈴木孝夫の大きな功績は、言語を文法規則の集合としてではなく、文化・社会・世界認識と結びついたものとして、多くの読者に考えさせたことです。また、英語を英米文化への同化ではなく、日本語話者が国際社会へ参加するための道具として捉え直しました。

一方で、言語と文化の特徴を大きく対比する議論は、「日本人は必ずこう考える」「英語話者は全員こう見る」という固定観念に変わる危険もあります。言語は思考に影響しますが、思考を完全に決定するわけではありません。同じ日本語社会・英語社会の内部にも、世代、地域、専門、個人による大きな違いがあります。

したがって鈴木の議論は、国民性を断定する答えではなく、「自分の当たり前は相手の当たり前ではない」と気づくための比較のレンズとして使うのがよいでしょう。

松本亨・岡倉天心とのつながり

松本亨は「英語で考える」訓練を通じて、訳読から離れた運用力を追求しました。鈴木孝夫は、その一歩手前で、日本語と英語がそもそも同じ切り分け方をしていないことを示します。両者を合わせると、直訳を離れ、状況から英語を組み立てる意味がよく見えてきます。

また、岡倉天心が英語で日本文化を世界へ説明した実践は、鈴木が求めた「受信だけでなく発信する英語」の先例といえます。英語は自分を消すためではなく、自分の背景を相手に届く形へ翻案するために使えるのです。

英語や言語を研究してきた人物を、世界の言語学と日本の英学・翻訳・教育という二つの流れからたどる場合は、中間ガイド「言語を研究した人々|英語・言語学の歴史を変えた研究者・英学者」をご覧ください。

まとめ|違いがあるから、説明する力が必要になる

鈴木孝夫の『ことばと文化』が教えるのは、言語ごとに世界の見方が違うから理解不能だ、という悲観論ではありません。違いがあるからこそ、一語の置換に頼らず、背景を説明し、相手の理解を確かめる必要があるということです。

英語を学ぶとき、英米人のコピーになる必要はありません。日本語で培った経験や文化を持ったまま、それを他者に届く形へ組み替える。そのための英語こそ、鈴木孝夫の議論から今日の学習者が受け取れる、最も実践的なメッセージです。

主な参考資料

この記事を書いた人
しゅみすけ(大山俊輔)

b わたしの英会話および英語コーチングGRIT/be:RIZE代表。米国MBA取得、外資系企業4社での勤務経験を持ち、これまで多くの大人の英語学習を支援。日本語と英語の処理構造の違いに着目した「英語OS」の考え方をもとに、独学で伸び悩む人の学び直しをサポートしています。

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