
英語の古い姿と聞くと、シェイクスピアの thou や thee を思い浮かべるかもしれません。しかし、シェイクスピアの英語は古英語ではありません。16~17世紀の初期近代英語です。
古英語(Old English)とは、おおむね5世紀から11世紀末ごろまで、現在のイングランドを中心に使われていた英語の古い段階です。現代英語と同じ言語の祖先ですが、文字・発音・単語・文法のどれを見ても大きく異なり、現代の英語話者が学習なしで読めるものではありません。
それでも古英語は、完全に消えた外国語ではありません。house、day、night、child、bread、waterのような日常語、man–menやfoot–feetの不規則な複数形、現代英語で語順が重要になった理由など、多くの痕跡が今も残っています。
この記事では、古英語がいつ・どこで使われ、どんな文字・音・文法・語彙を持っていたのかを、現代英語とのつながりからわかりやすく見ていきます。
Contents
古英語とは?まず短くまとめると
| 項目 | 古英語の概要 |
|---|---|
| 英語名 | Old English(略してOE) |
| 時代 | おおむね5世紀~11世紀末・12世紀初頭 |
| 地域 | 現在のイングランドを中心とするブリテン島 |
| 系統 | インド・ヨーロッパ語族・ゲルマン語派・西ゲルマン語群 |
| 主な方言 | ウェスト・サクソン、マーシア、ノーサンブリア、ケント |
| 文字 | ラテン文字を中心に、þ・ð・æ・ƿなども使用 |
| 文法 | 名詞・形容詞・代名詞に格・数・性があり、動詞の語形変化も豊富 |
| 代表的な文献 | 『ベーオウルフ』、『アングロ・サクソン年代記』など |
「古英語」という名称は、当時の人が自分たちの言葉をそう呼んでいたという意味ではありません。後世の研究者が、英語史を古英語・中英語・近代英語などに区分するために使う名称です。時代の境界も、ある年に言語が一斉に切り替わったわけではなく、説明のための目安です。
英語が生まれるまでの人の移動やアングル人・サクソン人・ジュート人については、先に「英語はどこから来た?英語の起源と古英語の誕生」を読むと流れがつながります。
古英語は現代英語とどれくらい違う?
古英語を見ると、「少し綴りの古い英語」という印象では済まないことがわかります。よく知られた『ベーオウルフ』の冒頭は、次の一語から始まります。
Hwæt!
文脈によって「聞け」「さて」「まことに」などと説明される語です。現代英語のwhatと歴史的につながりますが、文章全体になると現代の英語話者でもそのまま理解するのは困難です。
一方で、単語を一つずつ見ると、現代英語につながる形も見えてきます。
| 古英語 | 現代英語 | 意味 |
|---|---|---|
| hūs | house | 家 |
| cyning | king | 王 |
| cild | child | 子ども |
| mann | man | 人・男性 |
| dæg | day | 日 |
| niht | night | 夜 |
| bōc | book | 本 |
| wæter | water | 水 |
現代英語の最も基本的な語彙には、古英語から受け継がれた語が多くあります。家族、身体、自然、食事、日常の動作など、生活の土台になる言葉ほど古い層に属する傾向があります。
古英語はどんな文字で書かれていた?
初期のゲルマン系社会ではルーン文字も使われましたが、キリスト教化と写本文化の広がりに伴ってラテン文字による記録が中心になります。ただし、現代の26文字と完全に同じではありません。
- þ(thorn/ソーン):現代英語のthに近い音
- ð(eth/エズ):同じくthに近い音
- æ(ash/アッシュ):現代英語のcatの母音に近い音を含む文字
- ƿ(wynn/ウィン):現代英語のwに近い音
また、古英語では文字と発音の対応が現代英語より比較的わかりやすく、一つの文字が環境によって複数の音を表す場合はあっても、現在ほど綴りと発音の距離は大きくありませんでした。
現在のアルファベットへ至る詳しい変化は「英語のアルファベットはなぜ26文字?消えた文字とJ・U・Wの歴史」で解説しています。
古英語の文法は、現代英語より語尾が重要だった

古英語と現代英語の最大の違いの一つが、語尾変化の豊かさです。古英語では、名詞・形容詞・代名詞の形が、文の中での役割に応じて変わりました。
名詞には格があった
古英語では主に、次の格が区別されました。
- 主格:主語などを表す
- 対格:直接目的語などを表す
- 属格:所有・所属などを表す
- 与格:間接目的語や前置詞の目的語などを表す
たとえば「王がその男を見た」に近い文では、次のように名詞句の形が役割を示しました。
Se cyning geseah þone mann.
その王は、その男を見た。
se cyningは主語側、þone mannは目的語側です。冠詞に近い語の形が変わるため、どちらが見る側で、どちらが見られる側かを語尾からも判断できます。
名詞には文法上の性があった
古英語の名詞には、男性・女性・中性という文法上の性がありました。これは現実の性別と必ず一致するものではありません。現代英語では名詞の文法上の性はほぼ失われましたが、he、she、itなどの代名詞体系には別の形で区別が残っています。
詳しくは「英語にはなぜ文法上の性がない?」もご覧ください。
語順は自由だった、とは言い切れない
古英語は語尾が文法関係を示したため、現代英語より語順の選択肢が広くありました。しかし、「どんな順番でもよかった」わけではありません。主節・従属節の違い、情報の焦点、文章のリズムなどによって好まれる語順があり、すでにSVO型も広く使われていました。
その後、語尾の区別が弱まると、単語の位置が文法関係を伝える仕事をより多く担うようになります。これが、現代英語で語順を変えると意味が変わりやすい理由の一つです。「英語はなぜ語順が重要?」で、この移行を詳しく説明しています。
しゅみすけ(大山俊輔)
古英語にはどんな方言があった?
古英語は一枚岩の「標準語」ではなく、地域ごとに異なる方言の集合でした。代表的には次の四つが挙げられます。
- ウェスト・サクソン方言:イングランド南西部。後期古英語の写本が多く残る
- マーシア方言:中部地域
- ノーサンブリア方言:北部地域
- ケント方言:南東部のケント周辺
現存する文献にはウェスト・サクソン方言の比重が大きいため、それが古英語全体の唯一の姿だったように見えることがあります。しかし、話し言葉まで全国で同じだったわけではありません。現代の英語にも多様な方言とアクセントがあるように、英語は始まりから複数形の言語でした。
ヴァイキングと古ノルド語は古英語をどう変えた?
8世紀末以降、スカンディナヴィアから来た人々の活動・定住が広がり、古英語は古ノルド語と接触しました。両者はともにゲルマン系で、似た語を多く持っていました。
古ノルド語との接触を通じて、現代英語につながる次のような語が広がったとされます。
- sky
- egg
- take
- give
- they、them、their
特にthey系の代名詞まで借用されたことは、接触が表面的な単語交換だけではなかったことを示します。また、似ているが語尾の異なる言語どうしが日常的に接触したことが、語尾の単純化を後押しした可能性も議論されています。ただし、英語の語尾変化が失われた原因を古ノルド語だけに求めることはできません。音の変化や方言混合など、複数の力が重なっています。
古英語の代表的な文献
『ベーオウルフ』
古英語文学を代表する英雄叙事詩です。物語の舞台は主にスカンディナヴィアで、英雄ベーオウルフと怪物グレンデルなどの戦いが描かれます。現存する唯一の中世写本は、おおむね1000年前後に筆写されたと考えられています。
『アングロ・サクソン年代記』
歴史上の出来事を年ごとに記録した年代記です。複数の写本と異なる版が残り、古英語から中英語への変化を知るうえでも重要な資料です。
宗教文書・説教・翻訳
聖書の一部、説教、聖人伝、ラテン語文献の翻訳なども多く残っています。古英語は日常会話だけの言葉ではなく、歴史、法律、宗教、医学、詩などを書き表せる言語でした。
1066年に古英語は突然なくなった?
英語史では、1066年のノルマン征服が大きな区切りになります。征服後、支配層や行政ではノルマン系フランス語、教会や学問ではラテン語が強い位置を占め、英語は大量のフランス語語彙を取り入れて変化していきました。
ただし、1066年の翌日に人々が古英語をやめ、中英語を話し始めたわけではありません。言語は世代を超えて連続的に変わります。古英語の終わりを11世紀末から12世紀初頭付近に置くのは、政治的事件、文献の性格、語彙・文法・綴りの変化をまとめて捉えるための便宜的な区分です。
古英語は現代英語に何を残した?
1.毎日使う基本語
mother、father、brother、house、food、water、sleep、come、goなど、会話の骨格になる語の多くが古英語につながります。難しい抽象語にはフランス語・ラテン語由来が多い一方、短くてよく使う語にはゲルマン系の古い層が目立ちます。
2.不規則な複数形
man–men、foot–feet、tooth–teeth、mouse–miceなどは、古い時代の母音変化が化石のように残ったものです。現代英語だけを見ると例外に見えますが、歴史をたどると変化の跡だとわかります。
3.不規則動詞
sing–sang–sung、drive–drove–drivenなど、母音を変えて過去を表す動詞は、古いゲルマン語の仕組みを受け継いでいます。一方、work–workedのように語尾を付ける形も古英語期から存在しました。
4.I・me、he・himなどの格の名残
一般名詞の格変化はほぼ消えましたが、代名詞にはI–me、he–him、she–herなど、主語と目的語で形を変える仕組みが残っています。これは現代英語に生き残った古い格変化の一部と見ることができます。
古英語を知ると英語学習にどんな意味がある?
英会話を始めるために、古英語の格変化を暗記する必要はありません。しかし、英語の歴史を知ると、現代英語の「例外」に見えるものが、無意味な気まぐれではないとわかります。
- 語順が重要なのは、失われた語尾の仕事を位置が引き継いだから
- 不規則変化は、昔の規則や音の変化が残ったもの
- 簡単な基本語と難しい類義語が並ぶのは、異なる言語層が重なったから
- 綴りと発音のずれは、文字と音が別の速度で変化したから
英語を「理由のない規則の寄せ集め」と見ると、すべてを丸暗記したくなります。しかし、英語を1500年ほど変化してきた生きた言語として見ると、ばらばらだった知識が一本の物語になります。
しゅみすけ(大山俊輔)
古英語についてよくある質問
古英語とアングロ・サクソン語は同じですか?
ほぼ同じ対象を指して使われることがあります。現在の言語学・英語史ではOld Englishが一般的です。「アングロ・サクソン」は人々・社会・文化・歴史時代を含む広い意味でも使われるため、文脈に注意が必要です。
シェイクスピアの英語は古英語ですか?
違います。シェイクスピアの英語は初期近代英語です。現代英語とは違いがありますが、古英語よりはるかに現代英語に近い段階です。
古英語は英語ネイティブなら読めますか?
通常は読めません。現代英語の母語話者でも、語彙・文法・文字・発音を学ぶ必要があります。単語の一部に面影を見つけられても、文章をそのまま理解するのは困難です。
古英語は現在も話されていますか?
日常の共同体言語としては話されていません。ただし、大学教育、研究、朗読、歴史再現、創作などで学ばれ、発音の復元も行われています。
まとめ|古英語は、現代英語の中に今も生きている
- 古英語は、おおむね5世紀から11世紀末ごろまで使われた英語の古い段階
- þ・ð・æ・ƿなど、現代英語にはない文字が使われた
- 名詞には格・数・文法上の性があり、現代英語より語尾変化が豊かだった
- ウェスト・サクソン、マーシア、ノーサンブリア、ケントなどの方言があった
- 古ノルド語との接触やノルマン征服を経て、中英語へ連続的に変化した
- 基本語、不規則複数、不規則動詞、代名詞などに古英語の痕跡が残る
古英語は、博物館に閉じ込められた別の言語ではありません。私たちが今日使うhouse、day、water、come、goの中にも、その音と形の一部が残っています。
次は、ノルマン征服後に語尾が弱まり、フランス語の語彙が大量に加わった中英語を見ていきます。英語全体の地図に戻りたい方は「英語とは?歴史・特徴・語族・世界への広がり」をご覧ください。
参考資料
- Bosworth-Toller Anglo-Saxon Dictionary Online
- Old English Online
- The British Library Archives and Manuscripts Catalogue
英語がどのように生まれ、古英語から中英語・近代英語・現代英語へ変化したのかを通して確認するには、英語の歴史をわかりやすく解説|古英語から現代英語までをご覧ください。










