
私たちは、言葉を使って考えているのでしょうか。それとも、考えが先にあり、言葉はそれを外へ運ぶだけなのでしょうか。
たとえば日本語には「青信号」という表現がありますが、実際の色は緑に近く見えます。英語では同じ対象を green light と呼びます。また、英語では出来事を説明するときに主語を明示しやすく、日本語では「壊れた」「なくなった」のように、行為者を出さずに出来事だけを述べることがあります。
この違いによって、話者が見える色や理解できる出来事そのものまで変わるのでしょうか。
言語と思考の関係を現在の研究に沿って簡単にまとめると、言語は思考を完全に決定するわけではないが、何に注意し、どこで区切り、どう記憶し、どの視点から説明しやすいかには影響する、というのが妥当です。
言葉がなければ何も考えられないわけではありません。乳幼児や動物にも、知覚・記憶・予測・問題解決があります。一方で、名前を覚え、文法的な区別を繰り返し使うと、その区別を素早く見つけ、整理し、他者と共有しやすくなります。
この記事では、言語決定論と言語相対論の違い、色・空間・時間・数・出来事の捉え方に関する研究、英語と日本語の比較、外国語学習によって起こりうる変化までを整理します。「言語とは?」の中でも特に、言葉と人間の認知をつなぐ領域です。
Contents
- 1 言語と思考とは?まず結論から
- 2 言語決定論と言語相対論は何が違う?
- 3 言語は色の見え方を変える?
- 4 空間をどう表すかで方向感覚は変わる?
- 5 時間は前後に流れる?上下に流れる?
- 6 数える言葉がなければ数を理解できない?
- 7 文法は出来事の見方に影響する?
- 8 単語があると、世界の区切り方が変わる?
- 9 比喩は飾りではなく、抽象的に考える足場になる
- 10 言葉になる前の思考はある?
- 11 外国語を学ぶと世界の見え方は変わる?
- 12 言語と思考を考えるときの3つの注意点
- 13 言語・意味・構造・思考はどうつながる?
- 14 よくある質問
- 15 まとめ|言語は思考の牢獄ではなく、思考を整える道具である
- 16 参考文献・参考資料
- 17 「言語とは?」を6つの視点で読む
言語と思考とは?まず結論から
「言語」と「思考」は、同じものではありません。
- 言語:音・手話・文字などの形式を、語彙や文法の規則によって組み合わせ、意味を共有する体系
- 思考:知覚する、比較する、分類する、記憶する、推論する、想像する、計画するといった心の働き
思考の一部は言語なしでも行われます。顔を見分ける、道順を思い出す、ボールの軌道を予測する、旋律を頭の中で再生するといった活動は、必ずしも文章の形を取りません。
一方、複雑な計画を立てたり、自分の感情を整理したり、抽象的な概念を比較したりするとき、内言、つまり頭の中の言葉が大きな役割を果たします。言語は思考の唯一の材料ではありませんが、思考を保持し、分割し、並べ替え、他者と共同利用するための強力な道具です。
| 強すぎる理解 | より妥当な理解 |
|---|---|
| 言語が違えば、別の現実しか見えない | 言語ごとに、注意を向けやすい区別が異なる |
| 言葉がなければ、その概念を理解できない | 名前があると、概念を記憶・検索・共有しやすい |
| 母語によって思考は固定される | 学習・経験・第二言語によって処理の傾向は変わりうる |
| 翻訳できなければ理解不能である | 一語対応しなくても説明や言い換えはできる |
しゅみすけ(大山俊輔)
言語決定論と言語相対論は何が違う?
言語決定論|言葉が思考の限界を決める
言語決定論は、使用する言語が人間の思考を決定し、その言語で表せないことは考えられない、という強い立場です。この考えを極端に受け取ると、言語ごとに互いに閉ざされた世界があり、翻訳や異文化理解はほぼ不可能になります。
しかし実際には、人は新しい語を学び、説明を受け、比喩を作り、複数の文を使って未知の概念を理解できます。ある言語に一語の表現がないことと、その話者が概念を持てないことは同じではありません。
言語相対論|言葉が思考の傾向に影響する
言語相対論は、言語ごとに習慣的に表現する区別が異なり、その違いが注意・分類・記憶・判断の傾向へ影響しうる、という立場です。
この議論は、エドワード・サピアやベンジャミン・リー・ウォーフと結びつけて語られます。ただし「サピア=ウォーフ仮説」という一枚岩の理論が二人によって共同提出されたわけではありません。後世の研究が、複数の主張を強い版と弱い版に整理してきました。
現在問われているのは、「言語が思考を支配するか」よりも、話すために日常的に注意している区別が、言葉を使っていない課題にもどの程度残るかです。
言語は色の見え方を変える?
色は連続した光の波長ですが、色名は連続体に境界を引きます。日本語では青と緑、英語では blue と green を区別します。ロシア語は英語の blue に相当する領域を、明るい青と暗い青に対応する基本的な色名で区別します。
Winawerらの実験では、ロシア語話者は二つの青色が異なる語彙カテゴリーにまたがる場合、同じカテゴリー内にある場合より速く識別しました。この利点は言語的な妨害課題によって弱まり、色覚そのものが別物になったというより、色名が知覚判断へ素早く介入した可能性が示されました。
重要なのは、「ロシア語話者にしか色の違いが見えない」という話ではないことです。言語が境界を作ると、その境界を利用した判断が速くなる。名前は感覚器官を交換するのではなく、注意のショートカットとして働きます。

空間をどう表すかで方向感覚は変わる?
日本語や英語では、「私の右」「机の左」「家の前」のように、身体や物体を基準に場所を表すことが多くあります。一方、世界には東西南北に近い絶対的な方角を、日常の小さな位置関係にも使う言語があります。
そのような共同体では、話者が方角を継続的に把握する必要があります。言語だけが方向感覚を生むとは限らず、生活環境・移動様式・文化的訓練も関係します。しかし、会話のたびに方角を明示する言語習慣は、周囲の空間情報へ注意を向け続ける仕組みになります。
詳しい実例は、「空間参照枠とは?『右・左』を使わず方角で話す言語」で扱っています。
時間は前後に流れる?上下に流れる?
時間には形も方向もありません。そのため私たちは、空間を借りて時間を考えます。
- 未来が前にある
- 過去を振り返る
- 締切が近づく
- 会議を前倒しする
英語にも look forward to、back in those days、a long time ahead のような空間表現があります。ただし、言語や表記方向によって時間を並べる軸や向きには違いが見られます。
これは時間概念が言語だけで作られるという意味ではありません。昼夜、老化、出来事の順序は言葉以前にも経験できます。それでも、時間について話すたびに特定の空間比喩を使えば、その対応関係が判断や身振りに現れやすくなります。
数える言葉がなければ数を理解できない?
人間には、少数を見分けたり、多い・少ないを概算したりする能力があります。これは数詞を知らなくても働きます。一方、7個、38個、1,204個のような正確な数量を保持し、計算し、他者と共有するには、数詞と記数法が大きな力を持ちます。
数語彙の限られた言語共同体を扱った研究は、概算能力と正確な数の操作を分けて考える必要を示しました。言葉がなければ数量を一切理解できないのではなく、正確な数を安定して再現する文化的道具として数詞が働くのです。
文法は出来事の見方に影響する?
英語は通常、完全な文で主語を要求します。
- She broke the glass.
- He lost the key.
- I forgot the appointment.
日本語では文脈が分かれば、「コップが割れた」「鍵をなくした」「予定を忘れていた」のように、行為者を省略したり、結果の状態を中心に述べたりできます。
ただし、ここから「英語話者は責任を追及し、日本語話者は責任を曖昧にする」と民族性へ直結させるのは危険です。どちらの言語でも、必要なら行為者を明示でき、受動態や自動詞表現も使えます。
違いは、文を作るときに何を標準的に言わなければならないかです。発話のたびに主語・時制・単数複数などを選ぶ言語では、それらへ注意を向ける機会が多くなります。この「話すための思考」は、言語の構造と認知が接する場所です。
単語があると、世界の区切り方が変わる?
現実には、言葉より細かい違いが無数にあります。しかし人間は、そのすべてを同じ精度で記憶できません。そこで似たものをまとめ、カテゴリーを作ります。
「椅子」という語を知ると、脚の数、素材、背もたれの形が違っても、座るための物としてまとめられます。一方、椅子とスツール、ソファ、ベンチの境界は絶対ではありません。言葉は既に完成した自然界の箱へ貼るラベルというより、経験の連続体から役立つまとまりを作る道具です。
この関係は、「意味とは何か?」や、「カテゴリーの境界は誰が決める?」で詳しく扱っています。
比喩は飾りではなく、抽象的に考える足場になる
私たちは、抽象概念を身体経験によって理解します。
- 気分が上がる・落ちる
- 親しい関係が温かい
- 責任が重い
- 議論の核心をつかむ
- 困難を乗り越える
上下、温度、重量、移動、接触は身体で経験できます。感情、関係、責任、理解、困難は直接触れられません。そこで具体的な経験の構造を借り、見えない概念を操作可能にします。
ジョージ・レイコフの認知言語学が示した重要な点は、比喩が文学的な装飾だけではなく、日常の概念体系に組み込まれていることです。
言葉になる前の思考はある?
あります。視覚像、身体感覚、感情、運動の予測、音楽的なイメージなどは、完全な文になる前から働きます。「何か変だ」と気づいても、理由をまだ説明できないこともあります。
一方、言語化すると、その曖昧な感覚を対象として見直せます。
- 感覚や違和感が生じる
- 言葉で仮の名前を付ける
- 似た経験と比較する
- 原因や関係を文にする
- 他者の反応を受けて修正する
この過程で、言語は既存の思考を単に包装するのではなく、思考を作り直します。書くことや対話することによって初めて、自分が何を考えていたのか分かる場合があるのはこのためです。
外国語を学ぶと世界の見え方は変わる?
劇的に別人格へ変わるわけではありません。しかし、新しい言語を使うと、母語では自動化されていた区切り方を相対化できます。
英語が要求する区別へ注意が向く
英語を話すときには、主語、単数・複数、冠詞、時制などを日本語より頻繁に表面化させます。最初は面倒に感じますが、繰り返すうちに「誰の視点か」「一つか複数か」「聞き手が特定できるか」「いつの出来事か」へ注意しやすくなります。
日本語だけが自然な表現ではないと分かる
一つの出来事にも、複数の切り取り方があります。英語と日本語を往復すると、言い換え不能なのではなく、何を前景化するかが異なると分かります。詳しくは、「英語と日本語では世界の見え方が違う?」で比較しています。
新しい言葉は、新しい注意の入口になる
英単語を日本語訳との一対一対応だけで覚えると、新しい区切り方が育ちにくくなります。実際の場面、共起する語、身体感覚、反対概念まで含めて覚えると、その語が使われるときの注意の向け方を学べます。
しゅみすけ(大山俊輔)
言語と思考を考えるときの3つの注意点
1.言語差を国民性へ短絡しない
同じ言語の話者にも大きな個人差があります。教育、職業、地域、世代、経験による差もあります。文法上の傾向から「日本人は曖昧」「英語話者は論理的」と結論づけることはできません。
2.言語と文化・環境を切り離しすぎない
方角をよく使う共同体では、言語、地理、生活様式、教育が互いに支え合っています。観察された認知差をすべて文法だけの効果とみなすことはできません。
3.影響と決定を区別する
ある表現を使うと判断が少し速くなることと、その表現がなければ理解不能になることは全く違います。言語の影響は、課題、状況、習熟度によって現れたり消えたりします。
言語・意味・構造・思考はどうつながる?
| 問い | 中心となる記事 |
|---|---|
| 言語は何から成り、何をするのか | 言語とは? |
| 言葉はなぜ何かを意味できるのか | 意味とは何か? |
| 音や単語はどう文と会話へ組み上がるのか | 言語の構造とは? |
| 言葉は注意・分類・記憶へどう関わるのか | この記事「言語と思考とは?」 |
| 人はなぜ言語を使うのか | 伝える・つながる・考える5つの役割 |
意味がなければ、構造は空の形式になります。構造がなければ、意味を複雑に組み合わせられません。言語を繰り返し使うことで、意味と構造は注意や記憶の習慣にも関わります。四つは独立したテーマではなく、同じ現象を異なる高さから見たものです。
よくある質問
言葉を知らなければ、そのことは考えられませんか?
必ずしもそうではありません。感覚やイメージとして捉えることはできます。ただし名前があると、区別を保ち、思い出し、比較し、他者と共有しやすくなります。
母語によって性格は決まりますか?
決まりません。言語は表現の選択肢や注意の傾向に関わりますが、人格は経験、関係、文化、状況など多くの要因から形成されます。
英語で考えるには日本語を使わない方がよいですか?
日本語を排除する必要はありません。短い定型表現や場面と英語を直接結びつけ、英語の語順でまとまりを処理する経験を増やす方が現実的です。
サピア=ウォーフ仮説は正しいのですか?
言語が思考を完全に決定する強い説は支持されていません。一方、言語的カテゴリーが注意・記憶・判断へ条件付きで影響するという弱い言語相対論には、多くの実験的検討があります。
まとめ|言語は思考の牢獄ではなく、思考を整える道具である
言語は、私たちが考えられることの外壁を完全に決める牢獄ではありません。人間は言葉になる前にも感じ、見分け、予測し、想像できます。
しかし言語は中立な容器でもありません。名前を付けることで境界が見え、文法を使うことで特定の関係へ注意し、比喩によって抽象概念を操作し、対話によって考えを修正できます。
- 言語と思考は同一ではない
- 言語は思考を完全には決定しない
- 言語は注意・分類・記憶・説明の傾向へ影響しうる
- 語彙や文法は、世界を素早く整理する道具になる
- 外国語学習は、同じ現実に別の切り取り方を加える
英語を学ぶとは、日本語を捨てて英語の世界へ移住することではありません。日本語で見ていた世界に、もう一つの焦点距離と構図を加えることです。
参考文献・参考資料
- Winawer, J. et al. (2007), “Russian blues reveal effects of language on color discrimination,” PNAS.
- Gordon, P. (2004), “Numerical Cognition Without Words: Evidence from Amazonia,” Science.
- Thierry, G. et al. (2009), “Unconscious effects of language-specific terminology on preattentive color perception,” PNAS.
- Lupyan, G. (2012), “Linguistically Modulated Perception and Cognition,” Frontiers in Psychology.
「言語とは?」を6つの視点で読む
この記事は、言語の全体像を6つの視点からたどる連作の一部です。
全体の入口は言語とは?総合ガイド、具体的な一言語としての入口は英語とは?をご覧ください。
言語と思考が互いに形づくられた長い過程は、「言語の起源とは?」からも考えられます。
抽象的思考に音声が必須ではないことは、手話が語彙・文法・思考をつくる仕組みからも見えてきます。
関連:言語によって人格や感情が変わるように感じる理由は、バイリンガルの頭の中に言語は二つあるのかで、記憶と社会的場面から扱っています。
第二言語を日常的に使うと、母語の語彙検索や言い回しにも影響が現れます。これは母語は忘れるのか――言語摩耗という観点から考えられます。









