
雨が静かに降る様子を、日本語では「雨がしとしと降る」と言えます。雨音だけではありません。「ふわふわ」は手触りを、「キラキラ」は見え方を、「ワクワク」は心の動きを描きます。
ところが英語では、同じ場面を It’s drizzling softly. や I’m excited. のように、動詞・副詞・形容詞へ分けて表すことが多くなります。
なぜ日本語には、音のしない状態や感情まで「音のような言葉」で描く仕組みが発達しているのでしょうか。ここには、言語が世界を説明するだけでなく、感覚をその場に再現する働きが見えてきます。
しゅみすけ(大山俊輔)
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言語学のideophone(表意語)とは?
言語学では、感覚的なイメージを印象的な形で描く語をideophone(アイディオフォン/表意語)と呼びます。研究者マーク・ディンゲマンセは、ideophoneを大まかに「感覚イメージを描写する、目立った形を持つ語」と定義しています。
日本語で日常的に「オノマトペ」と呼ばれる語の多くは、この広いideophoneの一部として捉えられます。重要なのは、対象が音に限られないことです。

| 領域 | 日本語の例 | 何を描くか |
|---|---|---|
| 生き物の声 | ワンワン、ニャーニャー | 実際に聞こえる声 |
| 物・自然の音 | ザーザー、ポツポツ | 雨や衝突などの音 |
| 状態・動き・手触り | ふわふわ、ぐるぐる、ツルツル | 音を伴わない感覚 |
| 感情・身体感覚 | ワクワク、イライラ、ズキズキ | 心や体の内側 |
日本語学では擬声語・擬音語・擬態語・擬情語などに分類されますが、分類法や名称には研究上の違いもあります。ideophoneは、それらを世界の言語と比較するための、より広い見方です。
「音をまねる語」と「感覚を描く語」は同じではない
onomatopoeiaは、bang、buzz、meowのように、実際の音を言語音で模倣する語を指すのが中心です。一方、ideophoneは視覚・動き・形・手触り・感情なども含みます。
- ザーザー:強い雨音を描く
- キラキラ:光の見え方を描く
- のろのろ:動作の遅さを描く
- ベタベタ:触感や人間関係の様子を描く
- モヤモヤ:曖昧な心理状態を描く
したがって、「日本語のオノマトペは音をまねる言葉」という説明だけでは足りません。日本語では、音が存在しない経験にも、音象徴的な形を与えられるのです。
なぜ「ふわふわ」「ぐるぐる」と繰り返すの?
日本語の表意語には、同じ音を繰り返す形が多く見られます。反復はしばしば、出来事の継続・反復・広がりを感じさせます。
- コロッ:一度、軽く転がる感じ
- コロコロ:軽い物が繰り返し転がる感じ
- ゴロゴロ:より重い物、連続する動きや低い響き
さらに、清音と濁音の違いもイメージに関わります。「コロコロ」と「ゴロゴロ」、「キラキラ」と「ギラギラ」では、後者のほうが重さ・強さ・粗さを感じさせやすくなります。
ただし、すべての反復語がideophoneとは限らず、すべてのideophoneが反復形でもありません。形と意味の対応は傾向であり、語ごとの慣習も学ぶ必要があります。
英語には表意語が少ないの?
英語にも、感覚を直接描く語はあります。
- bang / buzz / splash:音や勢い
- zigzag:形や動き
- flip-flop:交互の動きや音
- teeny-weeny:とても小さい感じ
- pitter-patter:小さな足音や雨音
英語にも音象徴や反復は存在します。したがって、「日本語にはオノマトペがあり、英語にはない」という対立ではありません。
違いは、語彙の厚みと日常文法への入り方です。日本語では「雨がしとしと降る」「肌がツルツルしている」「胸がドキドキする」のように、表意語を「と」「する」などと組み合わせ、会話でも文章でも幅広く使えます。
英語では、同じ情報を具体的な動詞や形容詞へ分散させることが多くなります。
| 日本語 | 英語の自然な表現例 | 英語が選ぶ中心 |
|---|---|---|
| 雨がしとしと降る | It’s drizzling softly. | 動詞 drizzle+副詞 |
| 毛布がふわふわだ | The blanket is soft and fluffy. | 形容詞 |
| 彼女はのろのろ歩いた | She walked very slowly. | 動詞+副詞 |
| 明日がワクワクする | I’m excited about tomorrow. | 感情を表す形容詞 |
表意語は「説明」より「実演」に近い
「ゆっくり雨が降っている」は出来事を説明します。「しとしと」は、その場の湿度、細い雨、静かな時間まで一つの音形で呼び起こします。
ideophoneには、話し手が経験を聞き手の前で演じて見せるような性質があります。発音を伸ばしたり、強弱を付けたり、身振りを添えたりできるのも特徴です。
実際、表意語の研究では、通常の語より韻律的に目立たせやすく、ジェスチャーとも結びつきやすいことが指摘されています。言葉でありながら、声の絵や短い再現映像に近いのです。
音と意味の関係は完全に偶然ではない
言語の多くの単語では、音と意味の結びつきは慣習的です。英語のdogが「犬」であることは、音だけからは分かりません。
ところが表意語には、音の形と意味に一定の対応を感じられるものがあります。日本語を知らない人でも、ある表意語が軽い動きか重い動きかを偶然以上の割合で推測できるという実験があります。また、音と意味が自然に対応する表意語は、逆の意味を割り当てた場合より学習しやすいことも報告されています。
ただし、音象徴は世界共通の暗号ではありません。一部には言語を越えて共有されやすい対応がある一方、意味を正確に理解するには、その言語の慣習と文脈が必要です。
日本語話者が英語へ訳すときのコツ
日本語のオノマトペを見たら、一語の英語を探す前に、何の感覚を描いているかを分解します。
- 音なのか、動きなのか、手触りなのか、感情なのか
- 一回なのか、続いているのか
- 軽いのか、重いのか、強いのか、弱いのか
- 英語では動詞・形容詞・副詞のどれが中心になるか
たとえば「彼はモジモジしていた」なら、オノマトペを一語で置き換えるより、場面に応じて He looked nervous.、He kept fidgeting.、He was too shy to speak. などと描き分けます。
英語のオノマトペそのものを知りたい場合は、既存の「英語のオノマトペ一覧60選」もあわせて参照してください。
しゅみすけ(大山俊輔)
まとめ:日本語は感覚を「声の絵」にする
日本語の「しとしと」「ふわふわ」「ワクワク」は、単なる擬音ではありません。音・動き・手触り・見た目・感情などを、印象的な音形で描く表意語です。
英語にもbang、splash、zigzagなどの描写的な語はありますが、日本語は表意語の語彙が厚く、日常の文法にも広く組み込まれています。英語では同じ経験を、動詞・形容詞・副詞へ分けて説明する傾向があります。
どちらが優れているという話ではありません。日本語は感覚を一まとまりの「声の絵」にし、英語は出来事の要素を言葉へ分けて組み立てる。その違いを知ると、英訳の方法だけでなく、日本語が世界をどう感じ取っているかまで見えてきます。
参考文献・資料
- Mark Dingemanse, “Advances in the Cross-Linguistic Study of Ideophones”
- Dingemanse & Akita, “An inverse relation between expressiveness and grammatical integration”
- Kanero et al., “How Sound Symbolism Is Processed in the Brain”
- Lockwood, Dingemanse & Hagoort, “Sound-symbolism boosts novel word learning”










