
生成AIに「Basic Englishの850語だけで説明して」と頼めば、本当に守ってくれるのでしょうか。先に結論を言うと、意味をやさしく言い換えることは得意ですが、指示文だけで850語を厳密に守らせるのは難しいです。一方、850語の一覧を渡し、出力後に機械的な語彙監査を加えると、制限違反はほぼ消せました。
今回の記事では、algorithm、nostalgia、encryptionという性質の違う3語を、同じ生成AIに4通りの条件で説明させました。これはAIの優劣を決めるベンチマークではなく、同じ手順を再現できる小さな実験です。モデルや更新時期によって文は変わりますが、「意味を作る仕事」と「語彙表を守る仕事」は別物だ、という点は見えてきます。
しゅみすけ(大山俊輔)
Contents
なぜBasic Englishと生成AIを組み合わせるのか
C・K・オグデンが設計したBasic Englishは、単に「簡単な単語を850語集めたもの」ではありません。18のOperationsを中心に、ThingsとQualitiesを組み合わせ、少ない語彙で多くの意味を組み立てる仕組みです。全体像はBasic English 850語一覧と3分類、動詞の代わりになる仕組みは18のOperationsの解説で紹介しました。
一方、生成AIは膨大な言葉のつながりから、次に来そうな語を選びながら文章を作ります。難しい概念を別の表現に展開する力は強い。しかし通常の文章生成では、各単語がオグデンのリストに入っているかを一語ずつ照合しているわけではありません。だから「やさしく」はできても、「指定された850語だけ」は別の技術課題になります。
実験の方法――3語を4条件で説明させる
対象に選んだのは次の3語です。algorithmは技術概念、nostalgiaは感情、encryptionは専門性の高い仕組みを表します。どれも850語そのものには含まれないため、見出し語だけはラベルとして使用可とし、その説明部分を監査しました。
| 条件 | AIへの指示・処理 | 狙い |
|---|---|---|
| A | 「やさしい英語で説明」 | 一般的な平易化 |
| B | 「Basic Englishの850語だけで説明」 | 名前だけ伝えた語彙制限 |
| C | 850語の完全な一覧も提示 | 参照できる語彙を明示 |
| D | Cの出力を機械監査し、違反語を置換 | 生成と検査を分離 |
判定では、見出し語そのものを除外し、通常の複数形・時制変化と、Basic Englishで認められる一般的な派生形は許容しました。たとえばsadから作るsadness、earlyから作るearlierは許容します。ただしmemoryがリストにあるからといってrememberまで自動的に認める、という広い判定はしていません。この境界を決めないと、何をもって「850語だけ」とするか自体が曖昧になるからです。
結果――指示だけでは17語から9語、監査で0語へ
| 条件 | algorithm | nostalgia | encryption | 違反語の合計 |
|---|---|---|---|---|
| A やさしく説明 | 6 | 2 | 9 | 17 |
| B 850語だけと指示 | 5 | 1 | 3 | 9 |
| C 一覧を提示 | 0 | 0 | 1 | 1 |
| D 機械監査+修正 | 0 | 0 | 0 | 0 |

「850語だけ」と一言加えるだけでも17語から9語へ減りました。AIは制約の方向を理解しています。しかし、完全なリストを渡した条件Cでもencryptionの説明にinformationが残りました。つまり、リストを見せることと、出力の全語をリスト照合することは同じではありません。
3つの説明を実際に比べる
algorithm――「正確な手順」が難しい
条件Aでは、An algorithm is a precise sequence of instructions used by a computer to solve a problem. となりました。意味は分かりやすい一方、precise、sequence、instructions、computer、solve、problemの6語が範囲外です。
条件Bでも、An algorithm is an ordered series of steps used to solve a problem or reach a result. と、series、solve、problem、reach、resultが残りました。最終的には、An algorithm is an ordered group of steps for working out a question. とすれば0語にできます。Basic Englishらしいのは、専門語を別の専門語に置き換えるのでなく、group、step、work out、questionという関係にほどく点です。
nostalgia――感情は「混ざり方」で表せる
条件Aは、Nostalgia is a sentimental longing for a happy time in the past.。sentimentalとlongingが範囲外でした。条件Bは、a deep feeling of sadness and pleasure when remembering an earlier timeとなり、かなり近づきますが、ここではrememberingを違反と判定しました。
0語にした文は、Nostalgia is a mixed feeling of pleasure and pain when the mind goes back to a past time. です。「懐かしさ」を一語で置換せず、pleasureとpainが混じり、mindがpastへ戻るという小さな場面にしています。これはBasic English・日本語訳・英英辞典の定義比較で見た、意味を関係へ分解する方法そのものです。
encryption――専門分野では一語が最後まで残る
条件Aはsecurity、converts、readable、information、coded、data、prevent、unauthorized、accessの9語が範囲外。条件Bでもinformation、code、readが残りました。リストを全部渡した条件Cでは、Encryption is a process making information secret, so only a person with a key may get its sense. と1語まで減りましたが、informationだけが残ります。
そこでinformationをstatementへ置き換え、Encryption is a process making a statement secret, so only a person with a key may get its sense. として0語にしました。ただし、この文は日常的な説明としては働いても、暗号化される対象が文章だけとは限らないため、技術的には意味を狭めています。ここに重要な落とし穴があります。違反語が0でも、説明の正確さが100点とは限りません。
なぜAIは「850語だけ」を守り切れないのか
第一に、「Basic Englishの単語」をAIが曖昧な知識として持っていても、オグデンの正確な一覧を常に照合しているとは限りません。Basic、plain、easyという日常語の感覚も混ざります。第二に、意味を自然に説明しようとする圧力があります。algorithmならproblem、encryptionならinformationのような強い結びつきが、語彙制限より先に出やすいのです。
第三に、制約が複数になるほど難しくなります。「850語だけ」「正確に」「自然に」「短く」を同時に満たす必要があるからです。制約付き生成の研究でも、語彙・構造・関係などの複雑な条件を同時に守ることは、言語モデルにとってなお課題だと報告されています。
第四に、語形と派生語の問題があります。workはよくてもworkingはどうか、sadからsadnessはよいか、memoryからrememberを許すか。オグデンのルール、学習目的、監査プログラムの正規化方法を合わせなければ、同じ文でも判定が変わります。
プロンプトと「制約付き生成」は別物
プロンプトで「このリスト以外を使わない」と書くのは、AIへの依頼です。これに対し、生成の各段階で許可された候補だけを選ばせるconstrained decodingは、仕組みとして出力候補を狭めます。OpenAIのStructured Outputsも、通常の生成は無制約だが、スキーマに合うトークンへ候補を制限することで形式を保証する、と説明しています。
ただし、JSONの形式保証とBasic Englishの語彙保証は同じではありません。単語境界、句読点、固有名詞、活用形、派生形をどう扱うかがあるためです。ここでは「制約はお願いだけでなく、外側の検査でも支える」という設計上の類似として見るのが正確です。
実用的な手順――生成、監査、意味確認
| 段階 | すること | 確認点 |
|---|---|---|
| 1 生成 | 850語一覧を渡して説明させる | 短く、対象と目的を明記 |
| 2 正規化 | 小文字化し、語形・句読点を整理 | 活用形と派生形の規則を固定 |
| 3 監査 | 全単語を許可リストと照合 | 範囲外語を一覧化 |
| 4 修正 | 範囲外語を分解・言い換え | 再監査して0にする |
| 5 人間確認 | 元の意味と読みやすさを確認 | 意味が狭く・不自然になっていないか |
たたき台に使える指示は次の形です。
Explain TARGET in one or two English sentences.
Use only words in the supplied Ogden Basic English 850 list.
The target word may appear only as a label.
After drafting, list every word not in the allowed list.
Replace each forbidden word, then output only the corrected definition.
大切なのは、この後に実際の850語一覧を付けることです。また、AI自身に違反語を申告させるだけで終わらず、別の照合処理を使うほうが堅実です。850語で難語を説明した既存の実例はBasic Englishで難しい言葉をどこまで説明できるか、辞書規模の仕組みは2万語を850語で定義したGeneral Basic English Dictionaryも参考になります。
英語学習とコーチングへの応用
この方法は「正しい英文を一発で出す装置」より、言い換えの練習相手として面白いものです。たとえば学習者の既知語だけをリストにし、新しい概念をその範囲で質問する。出てきた範囲外語を一緒に見つけ、もっと基本的な動き・物・性質へ分解する。これは英語の言い換えトレーニングや、基本動詞をコアイメージから学ぶ方法とも相性がよいでしょう。
コーチングでも同じです。相手の答えを難しい用語で評価するのではなく、「それは何がどう動くことか」「どんな物と性質の関係か」と問い直す。AIは候補を大量に出せますが、最後に意味を選び、相手に合う問いへ直すのは人間です。オグデンの850語は、語彙を減らす思想であると同時に、考えを分解して再構成するための枠組みに見えてきます。
しゅみすけ(大山俊輔)
まとめ――AIは作者、語彙表は審判
今回の一回の実験では、一般的な「やさしく説明」で17語、「850語だけ」と指示して9語、完全な一覧を渡して1語、機械監査と修正を加えて0語になりました。AIは制約を無視したわけではなく、段階的にかなり近づいています。しかし厳密な語彙制限には、許可リストとの照合が必要です。
そして、0語はゴールの半分にすぎません。残り半分は、意味が正しいか、自然か、読み手に届くかという人間の判断です。オグデンが辞書で行った仕事は、単語を減らすだけでなく、複雑な意味を850語の関係へ翻訳し、何度も検証することでした。生成AIはその下書きを高速化できます。けれど、最後の意味の責任までは自動化できない。そこにBasic Englishと現代AIをつなぐ、一番面白い研究テーマがあります。
参考資料
- Ogden’s Basic English Word List
- Constrained Generation and Instruction Following in Language Models
- OpenAI: Introducing Structured Outputs in the API
- The General Basic English Dictionary
オグデンの人物、850語の設計、実験、辞書、世界語構想、生成AIまでシリーズ全体を順番に読む方は、C・K・オグデンとBasic English完全ガイドをご覧ください。
AIへ渡す許可語彙を850語から現代の学習語彙へ広げる発想は、Oxford 3000・Longman 2000とBasic Englishの比較につながります。
AIの850語制約からさらに語彙サイズの違いへ進むなら、850語・2000語・3000語で難語を定義する比較実験も参考になります。
AIに語彙制約を与える実験をさらに「意味のずれ」へ発展させる材料として、Minimal Englishとsemantic primesという考え方もあります。
AIや制約言語に与える次の課題として、抽象語の意味を分解したfreedom・fairness・respectの言い換え実験も行いました。









