
Kofi said that he would leave.
この英文のheはKofiでしょうか。それとも、会話に登場している別の男性でしょうか。文脈がなければ、どちらにも読めます。
ところが世界には、間接話法の中で「この代名詞は、いま発言・思考・感情を報告されている本人を指します」と専用の形で示す言語があります。このように、現実の話し手とは別の人物の視点を文法的に追跡する仕組みがロゴフォリシティ(logophoricity)です。
一言でいえば、ロゴフォリシティは「この内容は誰の頭の中から見た世界なのか」を示す文法です。
しゅみすけ(大山俊輔)
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ロゴフォリシティとは?
ロゴフォリシティは、ある人物の発言・思考・感情・知覚などを、その人物自身の視点に結びつけて表す現象です。視点の持ち主はロゴフォリック・センター、視点主、態度保持者などと呼ばれます。
『The Cambridge Handbook of Linguistic Typology』では、言語がロゴフォリシティを示す方法として、専用の代名詞、再帰的な形式、動詞の形態、補文標識など、複数の手段が整理されています。
典型的な場面には二人の「話し手」がいます。
- 現実の語り手:いま文章や会話を発している人
- 報告される視点主:その発言・考え・感情の持ち主
たとえば「Kofiは、自分が帰ると言った」では、現実の語り手はこの文を発した私ですが、「帰る」という内容の出どころはKofiです。ロゴフォリック形式は、このKofiを特別に指します。
英語のheは、なぜ曖昧になるのか
Kofii said that hei/j would leave.
英語のheは、男性単数という情報を示します。しかし「発言しているKofi本人」を必ず指す形ではありません。文脈によってKofiにも別の男性にもなれます。
英語では、誤解を避けるために次のような工夫をします。
- Kofi said, “I will leave.” と直接話法にする
- Kofi said that Kofi himself would leave. のように強調する
- 別人なら固有名詞を置く
- 前後の文脈で指示対象を限定する
ただしhimselfを使えば自動的にロゴフォリック代名詞になるわけではありません。英語の再帰代名詞には独自の統語制約があり、専用のロゴフォリック代名詞を持つ言語とは区別する必要があります。
エウェ語では「本人の視点」を代名詞で分ける
ロゴフォリシティ研究の代表例が、西アフリカで話されるエウェ語です。George N. Clementsの研究以来、エウェ語では間接話法の中で視点主本人を指すロゴフォリック代名詞と、通常の三人称代名詞が区別されることが知られています。
模式的に示すと、次の対比です。
| 形 | 指す相手 | 模式的な意味 |
|---|---|---|
| ロゴフォリック代名詞 | 発言・思考の持ち主 | Kofiは「自分が帰る」と言った |
| 通常の三人称代名詞 | 視点主ではない別人 | Kofiは「彼が帰る」と言った |
英語では同じheになり得る二つの読みを、代名詞の形そのもので分離できるわけです。
ここで重要なのは、ロゴフォリック代名詞が現実の話し手を指す一人称代名詞ではないことです。間接話法の中で、別の人物を一時的な「内側の私」として扱う形式です。
どんな動詞が「視点主」を作るのか

ロゴフォリックな文脈を作りやすい動詞には、一定の階層があります。
1.発話・伝達
「言う」「話す」「報告する」「尋ねる」などです。誰の発言を報告しているかが明確なため、最も典型的なロゴフォリック環境です。
2.思考・信念
「考える」「信じる」「知っている」「思い出す」などです。言葉として発していなくても、誰の心的内容なのかを追跡します。
3.感情・心理状態
「恐れる」「喜ぶ」「後悔する」などです。出来事を誰の感情として経験しているのかが焦点になります。
4.知覚
「見る」「聞く」「感じる」などです。誰の目や耳から捉えた世界なのかを示します。
一般に発話はロゴフォリックな環境を作りやすく、思考、感情、知覚へ進むほど、許されるかどうかが言語ごとに分かれます。すべての言語が同じ範囲を持つわけではありません。
「視点」と「単なる事実」は違う
次の二文を比べてみましょう。
Kofi said that the room was cold.
Kofiは、その部屋は寒いと言った。
The room was cold.
その部屋は寒かった。
後者は語り手が事実として述べています。前者では、寒いという判断がKofiの発言・経験に埋め込まれています。ロゴフォリシティが管理するのは、単なる人物の再登場だけでなく、命題の責任者や情報源が誰なのかという点です。
この意味で、ロゴフォリシティは証拠性・情報源を示す文法とも接点があります。ただし証拠性は「その情報をどう知ったか」、ロゴフォリシティは「誰の視点・態度として提示されているか」が中心です。
日本語の「自分」はロゴフォリック代名詞?
日本語の「自分」は、英語のhimself/herselfより遠くの節にある先行詞を指せることがあります。
太郎iは、花子が自分iを推薦したと思っている。
この「自分」は、直前の主語である花子ではなく、思考の持ち主である太郎を指す読みが可能です。そのため日本語の「自分」は、長距離再帰代名詞としてだけでなく、共感や視点、ロゴフォリシティとの関係で研究されてきました。
しかし、日本語の「自分」とエウェ語の専用ロゴフォリック代名詞を完全に同じものとみなすのは慎重であるべきです。
- 「自分」には局所的な再帰用法もある
- 視点だけでなく統語構造や主語性も解釈に影響する
- 文脈によって複数の先行詞候補が生まれることがある
- 日本語には視点主だけを常に一意に示す専用代名詞体系があるわけではない
『The Cambridge Handbook of Japanese Linguistics』でも、jibunの多義性はロゴフォリシティ、視点、再帰性の交差として扱われています。したがって、「自分はロゴフォリックな性質を示すことがある」と表現するのが適切です。
英語にもロゴフォリシティはある?
英語にはエウェ語型の専用ロゴフォリック代名詞はありません。それでも、視点に敏感な現象はあります。
自由間接話法
John looked at the clock. How late it was!
文法上は三人称の語りですが、「なんて遅いんだ」という評価はJohnの内面として読めます。語り手の声と登場人物の視点が重なる表現です。
視点依存の語
come / go、here / there、now / then などは、誰を中心に場所や時間を捉えるかによって選択が変わります。英語では専用代名詞ではなく、語彙や談話構造によって視点を示すことが多いのです。
再帰代名詞の視点用法
There was a picture of himself on the wall.
文脈によっては、局所的な主語に束縛されないhimselfが、談話の中心人物の視点に結びつくと分析されることがあります。ただし英語の再帰代名詞全体をロゴフォリック形式と呼ぶことはできません。
スイッチ・リファレンスとは何が違う?
前回のスイッチ・リファレンスも人物追跡の文法ですが、追いかけているものが異なります。
| スイッチ・リファレンス | ロゴフォリシティ | |
|---|---|---|
| 中心となる問い | 次の節も同じ主語か | 誰の発言・思考・感情か |
| 典型的な対立 | SS/DS | 視点主/それ以外 |
| 主な役割 | 節連鎖で行為者を追う | 報告内容の視点を追う |
| 比喩 | カメラが誰を映すか | カメラが誰の目になるか |
同じ人物が主語として続いていても、文が語り手の客観描写なのか、その人物の内面なのかは別問題です。逆に主語が変わっても、同じ人物の発言内容の中に留まり続けることがあります。
しゅみすけ(大山俊輔)
英語学習では「代名詞」より一段深く考える
英語学習でhe/she/theyを選ぶとき、多くの人は性・数・先行詞だけを考えます。しかし実際の文章では、次の三つを分けて考える必要があります。
- 誰が行動したのか
- 代名詞が誰を指すのか
- 誰の発言・考え・評価として述べているのか
Mary told Susan that she had made a mistake.
sheがMaryかSusanか、さらに「間違えた」という判断が誰のものか、文脈なしでは曖昧です。自然な英語では、必要に応じて名前を繰り返したり、直接話法へ変えたり、文を分けたりします。
英語に専用のロゴフォリック代名詞がないからこそ、書き手が視点の所在を設計する必要があるのです。
まとめ:言語は「誰の心の中か」まで区別する
ロゴフォリシティとは、発言・思考・感情・知覚の内容を、その視点の持ち主へ結びつける文法現象です。エウェ語などでは、視点主本人を指す専用のロゴフォリック代名詞が使われます。
英語は通常の代名詞、直接・間接話法、談話構造で視点を示します。日本語の「自分」は長距離の先行詞を指し、視点に敏感な振る舞いを見せますが、専用ロゴフォリック代名詞と単純に同一視はできません。
「英語とは何か」を考えるとき、英語が誰をheと呼ぶかだけでなく、誰の心の中の世界として文を提示できる言語なのかを見る。そこまで進むと、代名詞は人物のラベルではなく、語りの視点を設計する道具として見えてきます。










