スイッチ・リファレンスとは?「次も同じ主語か」を語尾で知らせる言語

同じ主語SSと異なる主語DSを示すスイッチリファレンスの図

「太郎がドアを開けて、部屋に入った」と聞けば、入ったのも太郎だと考えるのが普通です。しかし「太郎がドアを開けて、花子が部屋に入った」なら、途中で行為者が切り替わります。

日本語では「太郎」「花子」を言うか、文脈から主語を補います。英語なら Taro opened the door, and he entered the room.、あるいは Hanako entered the room. のように、代名詞や名詞で人物を示します。

ところが世界には、節と節をつなぐ部分に「次も同じ主語です」「次は別の主語です」という専用の文法標識を置く言語があります。この仕組みがスイッチ・リファレンス(switch-reference/指示転換)です。

しゅみすけ(大山俊輔)

スイッチ・リファレンスは、誰が何をしたかを後から説明するだけではありません。次の場面でもカメラが同じ人物を追うのか、別の人物へ切り替わるのかを、文法が先に案内してくれる仕組みです。

スイッチ・リファレンスとは?

Oxford Research Encyclopedia of Linguisticsは、スイッチ・リファレンスを二つの節の間で、指示対象が継続するか、非継続になるかを文法化して示す体系と説明しています。

典型的な体系では、隣り合う節の主語が同じ人物・ものを指すかどうかを区別します。

  • SS(same subject):次の節も同じ主語
  • DS(different subject):次の節では異なる主語

模式的に表すと、次のようになります。ここで -SS-DS は特定の言語の実際の語尾ではなく、仕組みを理解するための記号です。

太郎 起きる-SS 顔を洗う-SS 朝食を食べる-SS 家を出た。
→ 起きた人、顔を洗った人、食べた人、出た人はすべて太郎。

太郎 ドアを開ける-DS 花子 部屋に入った。
→ 開けた人と入った人は別。

重要なのは、SSとDSが人称や性別そのものを示すとは限らないことです。「彼」「彼女」「私」の代わりではなく、二つの節の中心人物が同一かどうかという関係を標示します。

物語のカメラを文法で管理する

同じ人物の行動と人物交代を色線で示す節連鎖の図解
上段は同じ人物を追い続ける節連鎖。下段は電話、応答、メモ、受け取りと、中心人物が切り替わる物語です。

長い物語では、何度も人物名を繰り返すと文章が重くなります。一方、すべてを省略すると誰の行為か分からなくなります。スイッチ・リファレンスは、この問題を小さな文法標識で処理します。

上の図のように、同じ女性が「起きる→顔を洗う→食べる→出かける」ならSSを連ねられます。電話をかけた男性から、受けた女性へ中心人物が変わるならDSを使います。

そのため、スイッチ・リファレンスを持つ言語では、聞き手が各節を処理する段階で、次の節の主語を予測しやすくなります。これは特に、短い節を次々につなぐ節連鎖(clause chaining)と相性のよい仕組みです。

副動詞・節連鎖との関係

前回の副動詞(converb)では、主節に時間・手段・原因・順序などを足す非定形動詞を取り上げました。言語によっては、この副動詞や節末の接続形式にSS/DSの情報が組み込まれます。

つまり一つの語尾が、次のような情報を同時に担うことがあります。

  • この節はまだ物語の途中である
  • 次の節と同時なのか、先に起きたのか
  • 次の節も同じ主語なのか、別の主語なのか

北米の北パイユート語の節連鎖研究では、英語のafterやwhileに相当する時間関係が、動詞の形態と節の連なりによって表されることが示されています。スイッチ・リファレンスは、単なる代名詞の節約ではなく、時間と人物の流れを一緒に組織する文法体系なのです。

どの言語に見られる?

スイッチ・リファレンスは、北米・中米・南米の先住民諸語、パプアニューギニアを中心とするパプア諸語、オーストラリアの一部の言語などで詳しく研究されてきました。

Mark BakerとLivia Camargo Souzaの概説によれば、北米だけでも70を超える言語で報告され、南米でも複数の語族に見られます。パプア地域でも、節連鎖とスイッチ・リファレンスが重要な文法的特徴となる言語が多数あります。

ただし、ある地域の言語がすべてこの仕組みを持つわけではありません。また、SSとDSの語尾の形、標示される節、時間・相との組み合わせ、義務的か任意かは言語ごとに異なります。

たとえばカリフォルニア・ネバダ州周辺のワショ語では、異主語を示す標識が分析されています。メキシコ北西部のセリ語では、何を「主語」として照合するかが受動構文などで単純ではなく、統語論上の主語とは何かを考える重要な資料になっています。

SSなら必ず同じ主語、DSなら必ず別主語?

典型的な説明ではそうなります。しかし実際のスイッチ・リファレンス体系は、必ずしも機械的な主語照合だけでは説明できません。

René van Gijnの概説では、ある言語では厳密に統語的な体系として働く一方、別の言語では談話のまとまりや出来事の連続性を示す、語用論的な性格が強いとされています。

たとえば、主語が同じでも次の節が予想外の展開だったり、時間・場所・出来事の枠組みが大きく切り替わったりすると、非連続を示す標識が選ばれることがあります。逆に、文法上の主語が異なっても、一つのまとまりの強い出来事として同主語型の標識が現れる言語もあります。

したがって、switch-referenceという名称のreferenceは、単なる「同じ名詞を指すか」より広く、談話の中心や出来事の流れが継続するかまで含む場合があります。

英語はどうやって「誰」を追跡する?

英語には、典型的なSS/DS専用語尾はありません。その代わり、次の資源を使います。

  • 名詞:Taro, Hanako, the woman
  • 代名詞:he, she, they
  • 接続詞:while, after, when, because
  • 分詞節:Opening the door, Taro walked in.
  • 語順と文脈:主語を明示し、節ごとの役割を示す

Taro opened the door and walked in. では、二つ目のwalkedに主語が明示されていませんが、等位された動詞句がTaroという同じ主語を共有すると理解されます。

Taro opened the door, and Hanako walked in. では、Hanakoを明示することで主語の切り替えを示します。英語はSS/DS語尾ではなく、主語名詞句の有無と構文で人物を追跡しているわけです。

日本語は主語を省略しても、なぜ話が通じる?

日本語にも、典型的なSS/DSを義務的に標示する体系はありません。しかし、日本語は英語以上に主語を省略できます。

朝起きて、顔を洗って、ご飯を食べて、家を出た。

主語は一度も出ていません。それでも普通は、同じ人物が一連の行動をしたと理解します。日本語では、話題の継続、常識的な出来事の順序、テ形による接続などが、同じ主語の読みを支えます。

一方で、主語が切り替わるなら、次のように明示することが多くなります。

私がドアを開けると、彼女が入ってきた。

日本語はSS/DSの専用語尾を使う代わりに、助詞「は/が」、名詞、ゼロ主語、接続形式、談話文脈を組み合わせています。これは主語優勢言語と話題優勢言語の違いともつながる部分です。

しゅみすけ(大山俊輔)

日本語は主語を消しても、話題の流れで同じ人物を追えます。英語は主語を置き直す。スイッチ・リファレンス言語は、節のつなぎ目に「続投/交代」の札を出す。解決している問題は同じでも、使う道具が違います。

英語学習で起きる「主語の切り替え」問題

日本語母語話者が英語を書くと、主語を日本語と同じ感覚で省略したり、分詞構文の主語をずらしたりすることがあります。

× Walking to the station, the rain started.

この文では、文法上はthe rainがwalkingの意味上の主語であるかのように読まれ、「雨が駅まで歩いている」形になります。

○ Walking to the station, I felt the rain start.
○ While I was walking to the station, it started to rain.

英語の分詞節では、明示されていない主語が主節の主語と一致するのが基本です。これは専用のSS標識ではありませんが、英語にも「二つの節で誰を共有するか」という制約があることを示します。

英作文では、節を足すたびに次の二点を確認するとよいでしょう。

  1. この動作をしているのは誰か
  2. 次の節でも同じ人物か、それとも切り替わるか

世界の言語がSS/DSとして文法化した区別を意識すると、英語の代名詞、分詞構文、接続詞も理解しやすくなります。

まとめ:言語は「次の主役」をどう知らせるか

スイッチ・リファレンスとは、節と節の間で中心となる人物・指示対象が継続するか、切り替わるかを文法的に示す仕組みです。典型的にはSS(同主語)とDS(異主語)の標識を使います。

英語は名詞・代名詞・構文で、日本語は名詞・助詞・ゼロ主語・文脈で、同じ問題を処理します。世界には、節のつなぎ目そのものへ「同じ人」「別の人」という情報を埋め込む言語があるのです。

「英語とは何か」を考えるとき、主語を必ず明示しやすいことだけを見るのではなく、物語のカメラをどの文法装置で人物へ固定する言語なのかと捉えると、英語と日本語の違いがさらに鮮明になります。

参考文献・研究資料

この記事を書いた人
しゅみすけ(大山俊輔)

b わたしの英会話および英語コーチングGRIT/be:RIZE代表。米国MBA取得、外資系企業4社での勤務経験を持ち、これまで多くの大人の英語学習を支援。日本語と英語の処理構造の違いに着目した「英語OS」の考え方をもとに、独学で伸び悩む人の学び直しをサポートしています。

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