
なぜアメリカ英語では colour ではなく color、centre ではなく center と書くのでしょうか。
この違いを広めた中心人物が、アメリカの辞書編纂者・教育者ノア・ウェブスター(Noah Webster、1758–1843)です。1828年に刊行された『アメリカ英語辞典(An American Dictionary of the English Language)』は、アメリカ英語の語彙と綴りを形づくる大きな力になりました。
ただし、「ウェブスターがアメリカ英語を一人で発明した」という理解は正確ではありません。彼が提案した綴りには、定着したものも、社会に受け入れられず消えたものもあります。
しゅみすけ(大山俊輔)
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ノア・ウェブスターとは?
ノア・ウェブスターは、独立前後のアメリカで活動した教育者・辞書編纂者・著述家です。コネチカットで生まれ、イェール大学で学びました。
彼が生きた時代、アメリカはイギリスから政治的に独立したばかりでした。しかし学校で使われる教科書や言語規範には、依然としてイギリスの影響が強く残っていました。
ウェブスターは、広い国土と多様な背景を持つ人々を結ぶには、共通の教育と言語が必要だと考えます。彼にとって辞書や綴り字教本は、単なる語学教材ではなく、新しい国家の共通基盤を作る道具でもあったのです。
辞書より先に広まった「ブルーバック・スペラー」
ウェブスターの最初の大きな成功は辞書ではなく、1783年に刊行された綴り字教本でした。後に青い表紙から「Blue-Backed Speller」と呼ばれ、何世代もの子どもが読み書きを学ぶ教材になりました。
学校教育で同じ教材が繰り返し使われれば、そこに掲載された綴りや発音が広がります。ウェブスターの影響力は、1828年の大辞典だけでなく、教室で日々使われた教材によって築かれました。
1828年『アメリカ英語辞典』は何が新しかった?
ウェブスターは1806年に約3万7千語を収録した小型辞典を刊行し、その後さらに大規模な辞書の編纂を進めました。1828年版は約7万語を収録し、長年にわたる研究の成果として出版されます。
この辞書の特徴は、イギリスの辞書をそのまま移植しなかったことです。
- アメリカで使われる語彙を積極的に収録した
- 綴りをより規則的で学びやすい形へ整理しようとした
- アメリカの社会・制度・自然を反映する語義を示した
- 語源研究のために複数の言語を調べた
ただし、当時の語源説明には後の研究から見て誤りもありました。一方、語の定義は高く評価され、辞書編纂史に大きな足跡を残しています。
なぜ colour が color になったのか
ウェブスターは、発音に現れない文字や不規則な綴りを減らし、読み書きを学びやすくしたいと考えました。また、アメリカの言語をイギリスの規範から自立させたいという国家的な意識もありました。
代表的な変化には次のようなものがあります。
- colour → color:発音しない u を省く
- honour → honor:-our を -or にする
- centre → center:-re を -er にする
- musick → music:語末の不要な k を省く
- travelling → traveling:アクセントのない音節で l の重複を避ける
ただし、これらをすべてウェブスターがゼロから考案したわけではありません。すでに存在した異綴りや改革案を選び、教材と辞書を通して体系的に推したものもあります。
英米差の全体像は「アメリカ英語とは?特徴・発音・単語と成り立ち」でも解説しています。
定着した改革と、定着しなかった改革

ウェブスターの提案がすべて現代アメリカ英語になったわけではありません。color、center、music などは定着しましたが、tung、wimmen、soop などの急進的な形は残りませんでした。
ここに、言語変化の重要な仕組みが見えます。辞書は選択肢を提示し、教育や出版はそれを広められます。しかし最終的に形を定着させるのは、多くの人が日常的に使い続けることです。
しゅみすけ(大山俊輔)
ウェブスターとジョンソンは何が違う?
1755年にイギリスで大辞典を刊行したサミュエル・ジョンソンは、文学作品の引用を用いて英語の語義と用法を整理しました。ウェブスターはその伝統を受け継ぎながら、アメリカ独自の語彙・綴り・社会を辞書に反映させようとしました。
簡単に対比すると、次のように考えられます。
- ジョンソン:18世紀イギリス英語の語義と文学的用例を大規模に整理
- ウェブスター:独立後のアメリカ英語を教育と辞書によって標準化
ジョンソンの功績と限界は「サミュエル・ジョンソンとは?1755年『英語辞典』と英語標準化」で詳しく紹介しています。
「アメリカ英語の父」という呼び方の限界
ウェブスターはしばしば「アメリカ英語の父」と呼ばれます。影響の大きさを表す便利な表現ですが、一人の人物が言語全体を作ったかのように受け取るべきではありません。
アメリカ英語は、先住民諸語、移民が持ち込んだ言語、地域方言、アフリカ系アメリカ人の言語文化、教育、新聞、出版、市場など、多数の人々と歴史的要因によって形成されました。ウェブスターはその流れを整理し、一部を標準として強く押し出した人物です。
また、標準化は意思疎通や教育を助ける一方、地域語や少数派の用法を周辺化することもあります。「共通の言語を作る」という理想には、誰の言語を標準に選ぶのかという問題が常に伴います。
英語学習者は英米どちらの綴りを使えばいい?
color と colour、center と centre は、どちらかが誤りという関係ではありません。アメリカ英語とイギリス英語で標準が異なるだけです。
学習時には次の二点を意識すれば十分です。
- 自分が主に使う英語圏の綴りを選ぶ
- 一つの文書の中では、なるべく英米を混在させない
読むときは両方を認識できるようにし、書くときは一貫性を保つ。この姿勢が実用的です。英語の綴りが標準化された長い歴史は「英語のスペルはどう決まった?綴りが標準化された歴史」も参考になります。
まとめ:ウェブスターはアメリカ英語を発明したのではなく、選び、教え、広めた
ノア・ウェブスターは、教育教材と1828年『アメリカ英語辞典』を通して、アメリカ英語の綴りと語彙の標準化に大きく貢献しました。
color や center が定着した背景には、綴りを簡潔にしたいという改革思想、イギリスから文化的に自立したいという国家意識、そして学校と出版による普及がありました。
しかし、彼の提案がすべて採用されたわけではありません。ウェブスターの歴史は、言語の標準が一人の命令ではなく、提案・教育・出版・社会的使用の積み重ねで生まれることを教えてくれます。










