
文法の説明を理解し、練習問題にも正解できる。それなのに会話になると、その形が出てこない——。これは努力不足や記憶力だけの問題とは限りません。
処理可能性理論(Processability Theory:PT)は、学習者がその時点でオンライン処理できる仕組みによって、自発的に使える文法形式が制約されると考えます。新しい形は、説明された順ではなく、必要な処理手続きが利用可能になったときに発達しやすい、という見方です。
しゅみすけ(大山俊輔)
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処理可能性理論とは?
処理可能性理論は、Manfred Pienemannが体系化した心理言語学的な第二言語発達理論です。中心にあるのは、学習者は、その時点の言語処理装置で処理可能な形式と機能だけを自発的な産出に組み込めるという仮定です。
話すとき、私たちは語を取り出すだけではありません。語の形を選び、句にまとめ、文の離れた要素の情報を対応させ、必要なら主節と従属節を調整します。こうした処理は一度に完成するのではなく、より局所的な処理から広い範囲の処理へ階層的に組み上がると考えられます。
言語処理が組み上がる5段階

上の図は、処理階層を学習者向けに簡略化したものです。各言語で表面に現れる文法項目は異なりますが、処理範囲が広がるという基本原理は共通しています。
1.語・定型表現を取り出す
初期には、単語や分析されていない定型表現を使います。Thank you. や I don’t know. を言えても、その内部構造を自由に組み替えられるとは限りません。
2.語の形を処理する
次に、一つの語の内部で必要な形を扱えるようになります。語尾や語形変化などが対象になります。ただし、単独の語で形を選べることと、句や文の別の要素と一致させられることは同じではありません。
3.句の中で情報をまとめる
名詞句や動詞句の内部で、複数の語の情報を照合する処理です。語をばらばらに出す段階から、句の内部をまとまりとして組み立てる段階へ進みます。
4.文の中で離れた要素を結びつける
主語と動詞など、文の異なる位置にある要素間で文法情報をやり取りします。処理範囲が句を越えるため、より高い処理手続きが必要になります。
5.主節と従属節を調整する
文の中に複数の節があるとき、それらの関係を管理します。単純な一文より広い範囲で情報を保持し、統合する必要があります。
「段階」は教科書の文法項目一覧ではない
処理可能性理論の段階を、「現在形の次は過去形、その次は現在完了」のような一般的な文法シラバスと同一視してはいけません。理論が説明しようとするのは、特定の形式を産出するために必要な処理手続きの階層です。
また、英語での具体的な発達指標には、語順、疑問文、否定、語形変化など複数の分析があります。どの項目がどの段階を示すかは、採用するPTの版、分析枠組み、課題、出現基準によって丁寧に判断する必要があります。
「正解できる」と「獲得した」はなぜ違う?
| できること | 必要になる処理 | PTで見る際の注意 |
|---|---|---|
| 文法説明を選ぶ | 明示知識の認識 | 自発産出の処理能力とは別 |
| 例文を復唱する | 直前の音声を保持して再生 | 自分で構造を生成したとは限らない |
| 穴埋めに正解する | 限定された候補から形を選択 | 時間制限のある会話とは条件が違う |
| 準備した文章を読む | 既に作られた文を音声化 | その場の文生成とは別 |
| 自由会話で新しく使う | 意味を伝えながら形式をオンライン生成 | 処理手続きの利用を観察しやすい |
PT研究では、ある形を一度偶然使えたことより、その形を必要とする複数の文脈で生産的に使い始めたかが重要になります。丸暗記した一文を再生できるだけでは、規則が自発的な言語システムに組み込まれた証拠として不十分な場合があります。
発達段階は飛び越えられないのか?
PTは、上位の処理手続きが下位の手続きを前提にするため、発達階層には含意関係があると予測します。教材で上級項目を提示したり、正答を暗記したりすることはできますが、基盤となる処理がないまま、その上位形式を自由会話で安定して生成することは難しいという考え方です。
ただし、これは学習者が常に一直線に、全項目を同じ速度で進むという意味ではありません。ある段階で複数の選択肢が発達する余地があり、母語、語彙、入力、コミュニケーション上の必要性によって実際の軌跡は異なります。
教えられることには限界がある?教示可能性仮説
Pienemannの教示可能性仮説(Teachability Hypothesis)は、発達的な準備状態を大きく越えた形式を教えても、その自然な発達順序そのものを飛び越えさせることは難しいと考えます。
しかし、「準備ができるまで教えてはいけない」という単純な禁止ではありません。説明は気づきを助け、語彙や定型表現を増やし、将来必要になる入力を理解しやすくします。教示の効果を、すぐ自由会話で使えるかだけに限定しないことが大切です。
しゅみすけ(大山俊輔)
英語学習へ活かす5つの方法
1.自発的な発話を定期的に残す
文法テストだけでなく、1分間スピーチ、絵の説明、出来事の報告などを録音します。原稿を丸暗記せず、その場で意味を組み立てる課題が向いています。
2.正誤だけでなく「どこまで組み立てたか」を見る
完全文にならなくても、語だけ、定型表現、句、単文、複数節のどこまで自力で処理できたかを観察します。高い段階の形を一回使ったかより、複数の場面で安定して使えるかが重要です。
3.現在段階の少し先を足場かけする
学習者が短い文を安定して作れるなら、疑問文、情報の一致、節の接続など、次に必要な処理を一つずつ支援します。一度に複数の難所を増やさないことがポイントです。
4.チャンクを入口にし、入れ替え練習へ進む
定型表現は初期のコミュニケーションを助けます。その後、Could you tell me where …? の可変部分を替えるなど、まとまりから生産的な型へ広げます。
5.誤りを発達の手がかりとして読む
語順や一致の誤りは、何も学んでいない証拠とは限りません。学習者がどの処理範囲まで扱おうとしているかを示す場合があります。すべてを一度に直すのではなく、現在使えそうな一歩へフィードバックを絞ります。
ほかの理論との関係
- 技能習得理論:練習による知識の手続き化・自動化に注目する。
- 処理指導:入力を理解するときに形式と意味をどう結びつけるかに注目する。
- 用法基盤モデル:使用頻度や例の分布からチャンク・構文が形成される過程を見る。
- 複雑系・動的システム理論:多数の要因が時間の中で生む非線形な発達軌跡を見る。
- 処理可能性理論:その時点で産出可能な文法形式を、処理手続きの階層から予測する。
処理可能性理論の注意点
- 主な対象は文法形態・統語の発達と自発産出であり、語彙、発音、理解、社会的使用のすべてを単独で説明する理論ではない。
- 理解できる構造と産出できる構造は一致しない場合がある。
- 段階判定には十分な発話機会と、形が必要になる文脈が要る。
- 教室での一回の正答を、その段階の完全獲得とみなさない。
- 具体的な英語項目を機械的に固定表へ当てはめず、研究上の分析基準を確認する。
よくある質問
上級文法を早く教えるのは無意味ですか?
無意味とは限りません。理解、気づき、読解、将来の入力への準備には役立ちます。ただし、説明直後に自由会話で安定使用できるとは限らない、という期待調整が必要です。
学習者の段階はテストで分かりますか?
一般的な選択式テストだけでは十分ではありません。対象形式が必要になる複数の課題で、自発的・生産的に使えるかを確認する必要があります。
一つ前の段階が完璧になるまで進めないほうがよいですか?
完璧を待つ必要はありません。処理手続きが利用可能になり始めることと、すべての形を正確に使い切ることは別です。現在の力を使いながら、少し先の表現へ触れる設計が現実的です。
まとめ:教える順番より、処理できる順番を見る
処理可能性理論は、文法知識が自由会話で使えるようになる過程に、言語処理上の階層があると考えます。ルールを知ること、問題に正解すること、定型文を復唱すること、そして自発的に生成することは同じではありません。
自由発話を残す、複数の文脈で安定性を見る、現在の処理範囲から一歩先を支える。この視点を持つと、「教えたのに使えない」を失敗と決めつけず、次に育てるべき処理を見つけやすくなります。
参考文献・研究
- Pienemann, M. (1998). Language Processing and Second Language Development: Processability Theory. John Benjamins.
- Pienemann, M. (2005). Cross-Linguistic Aspects of Processability Theory. John Benjamins.
- Pienemann, M. (1989). Is Language Teachable? Psycholinguistic Experiments and Hypotheses. Applied Linguistics, 10(1), 52–79.
- Yabuki-Soh, N. (2007). Teaching Relative Clauses in Japanese. Studies in Second Language Acquisition, 29(2).
- Long, M. H. (2016). In Defense of Tasks and TBLT: Nonissues and Real Issues. Annual Review of Applied Linguistics, 36, 5–33.
- Baten, K., & Håkansson, G. (2015). The Development of Subordinate Clauses in German and Swedish as L2s. Studies in Second Language Acquisition.










